第4話

(『詳しいことは会った時に話す……』は、小説とかだと死亡フラグだよな。あいつ、神社で殺されたりはしてないよな)


―――神社へ向かいながら、蒼斗は少し不安になった。

コンビニに寄ってから、約束の夜間瀬神社よませじんじゃに行くと、蓮は生きていた。(ヨカッタ)


蒼斗が境内を見ると、三~四人の子供たちが虫取り網をもって、元気に駆け回っていた。何本もある古い杉の、樹木じゅもくの間からは、夏の光の強烈な木漏れ日が、幾重にも差し込んでいる。


蓮は、神社の古い社殿しゃでんのような建物の、横にある石段の前にマウンテンバイクを立てて、隠れるようにその後ろに腰を降ろしていた。両肩が落ちて俯き、うなだれた首には、昨夜の疲れが滲み出ている。


蒼斗は、境内に入りマウンテンバイクを降りて、押しながら蓮に近づいて、声を掛けた。


「蓮っ!」

蓮は、蒼斗の声に気がついて顔を上げると、身を縮めながら、慌てて口の前に人差し指を立てて、声が大きいというジェスチャーをした。


蒼斗は、マウンテンバイクのスタンドを立てると、蓮の横に歩いてきた。

ディパックを背負い、右手にはコンビニの袋が握られている。

蒼斗は立ったままで、おにぎりとウーロン茶を袋から取り出すと、蓮に手渡した。


蓮は、無言でそれを受け取ると、缶の蓋を開けて、ウーロン茶を一口飲んだ。蓮は、蒼斗の顔を見て少し落ち着いたのか、座っている段より一段高いコンクリートの上に缶を置くと、おにぎりのビニールをがし始めた。


「何があったんだ」

蒼斗は、横に腰を降ろすと、蓮の疲れた横顔をまじまじと覗き込んだ。


「蒼斗ぉ~」

「分かったから、昨日のことを話してみな」

蒼斗が、少し涙目の蓮の肩に手を置いた。蓮は、大きく息を吸って、一呼吸つくと、……おにぎりを頬張ほおばった。


「おい、そこで、頬張るんか~い!」

蒼斗が、人差し指と中指の二本を立てた右手の甲を顔の高さに上げて、大きく転けてみせた。お笑い好きな蒼斗は、蓮のボケに対して、反射的にツッコミが出てしまう。


「そこ、普通、しゃべり出すとこでしょ!」

蒼斗の言葉ツッコミに、蓮もクスっと笑顔を向けた。さっきまでの緊張が少し解けた様子であった。蒼斗が傍にいるだけで、不思議と蓮の中の不安感が減って、安心感が増していく。蒼斗の天性の明るさが、蓮の中に移り染まっていくかのように。


蓮は、おにぎりを一口食べると、昨日のことを思い出すように話し始めた。

「昨日、蒼斗と別れた後の帰り道で……」しかし、まだ声は少し掠れている。


「駐車場の前を横切ろうとしたら、駐車場の出口から、急に女の人が飛び出してきて」


「女の人が、か」


「いきなりだったんで避けきれなくって、俺の乗っている自転車にぶつかって」


「えっ、轢いたのか。女の人を、自転車でひき殺したのか」

蒼斗は、いきなり鋭い声を出した。


「どーして、自転車でひき殺さなきゃなんないんだよ」

「あ、ああ。じゃあ、違うんだな」


「違うって」蓮は、あきれた顔で首を横に振った。


「それから」

「急にぶつかられて、吹っ飛んだのは俺の方で。その女の人は何も言わずに、すぐに立ち上がって、駐めてある車の方へ走って行った」

「なるほど」と、蒼斗は、隣の蓮の横顔を見て頷いた。


「そんで」

「俺が倒れた自転車を起こそうとしたら、自転車の下に落ちていたんだ」


「えっ、死体か?人の」

「なんで、人の死体が、自転車の下に落ちて無くっちゃなんないんだよ」


「だって、人が死んでたんだろ。それで、おまえが犯人だって」

「俺が犯人じゃなくって、だけで……」


「だから、小指くらいの、こんなっちゃい人間が、おまえの自転車の下で。おまえの臭いケツの下に押しつぶされて……」

「蒼斗」


「顔がこんな、ギュッと潰れちゃ……」

「蒼斗っ!」

蓮は、向き直って、強い口調で諫めた。蒼斗の、自分で顔をギュッとしていた手が止まる。


「馬鹿なことを言っている場合じゃないんだけど」

蓮の言葉に、蒼斗は頬から両の手を放すと、

「ごめん」と、頭をペコリと下げた。

蒼斗は、蓮を元気づける意味もあったが、少し調子に乗りすぎたことを後悔した。

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