第2話

恩音トンネルを抜けた南側にも、いま引き返してきた北側と同じような、低い欄干の石橋が架かっている。トンネルの両側に細い川が横切っていて、南下した先で夜間瀬川よませがわへと合流していた。


蒼斗は、トンネルを出た先の、弓なりに反った石橋の中腹に来ると、走りながらシフターを一気に高速ギヤに切り替えた。後輪のリアディレイラーが外側にしなると、ガチャガチャと金属音を上げて、チェーンが一番外側にある最小のトップギヤまで落ちた。先ほどはこれでチェーンが脱輪してしまったが、たるみは適度に調整されていた。

蒼斗は、重くなったペダルを力一杯に踏み込んで、さっき蓮と来た道を、国道四〇三号線に向けて、スピードを上げて引き返して行った。


想楽月蒼斗そらづきあおと、十七歳。彫りの深い顔立ちに、肌は陽に焼けて黒く、適度な筋肉質。身長は百七十四センチメートル、長い茶髪に少しパーマが掛かっていて、性格はやんちゃで、天性の楽天家であった。



恩音トンネルの北側にいる蓮は、マウンテンバイクを草むらに隠すと、朱塗りの木橋の橋脚きょうきゃくに降りてきた。背丈ほどの草をかき分けて、腰を下ろした。虫の鳴き声に混ざって、近くにせせらぎが聞こえる。

蓮は、顔を上げた。草の間から、キラキラと煌めいて、透き通るような小川の流れが見えた。


狗蝋崎蓮くろうざきれん、十七歳。身長は百八十三センチメートルと長身で、少し痩せていた。髪は両サイドを刈り上げて、前髪をグリスで立てている。顔の中央にある大きな鼻が印象的で、薄い眉毛がハの字状にやや垂れていた。性格は、しっかり者で、少しおっとりしていて、調子に乗りやすいタイプだが、超小心者ビビリでもあった。


そんな二人は、女の子と、お笑いが大好きな、青春ど真ん中にいる高校二年生であった。



五ヵ月前、蒼斗は高校一年生を終えると、家の事情で、ここ長野県から神奈川県の高校へ転校して行った。そして夏休みを利用して、転校する前のクラスメートであった蓮の所に遊びに来た。二人は大の親友である。


蒼斗は引っ越しをする前の家に近い、長野県の父方の叔父の家に泊めてもらうことにした。広い田舎の家から、狭い横浜のマンションに引っ越した為に、家族四人の入りきらなかった家具や衣類などは、今もこの叔父の家に預かって貰っていた。


昨日の昼過ぎに、蒼斗は叔父の家に着いた。

そして、その足で親友の蓮のところへマウンテンバイクを飛ばして会いに行った。

そのマウンテンバイクも、横浜に持っていけなかった物の一つである。



蒼斗は、ペダルを漕ぎながら顔を上げた。

視界の中には、見渡す限りの田畑が広がり、秋の刈り入れに向けて、稲は誇らしげに、真夏の太陽に揺れていた。


八月も、もうじき終わりだというのに、まだ夏は、その気炎を少しも衰えさせてはいなかった。


炎天下の照り返すような陽射しが、容赦無く突き刺し、蒼斗のマウンテンバイクの金属部分は熱せられて悲鳴を上げている。背中のデイパックに付けたガイコツのキーホルダーも、熱風なつかぜの中で、苦しい顔して揺れていた。


(……なんで、こんな事になっちまったんだ)

蒼斗は、目前に広がる田園に遠い視線を向けて、今朝の出来事を思い出していた。

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