レイチェル・アンダーソン①

「お嬢様、レイチェルお嬢様!」



(ん……? ここはどこだ? 花火大会は?)



 目を開けると、そこには真っ白なベッドの天蓋。手足からは布団のフカフカとした感触が伝わってくる。視線を横へずらすと……メイドさんがいた。



「お嬢様! 良かった、ご無事で……ご気分はいかがですか?」


(なんだ? このメイドさん、俺と喋ってるのか?)



 イマイチ状況が掴めない。しかし次の瞬間、俺の喉が勝手に音声を生み出した。



「う〜ん……ヒルダ? ごめんなさい、心配かけましたわ。わたくしはこの通り、元気いっぱいですわよ!」



 そして俺の身体はむくっと起き上がり、ガッツポーズをしてみせる。ちらりと視界に入った小さな手は、白く透き通るような肌をしていた。



(これはもしかして……なのか?)



「ねえさまー! だいじょうぶですの!?」



 俺が状況を整理している間に、またしてもこの身体は勝手に声のした方に向き直る。



「エレノア! はいこれ、風の強い日は気をつけるのよ」



 そう言って俺はベッドサイドに置いてあった麦わら帽子を手に取り、少女に渡す。少し沈んでいた少女の表情は、パァッと明るくなる。レイにそっくりの青い瞳、金髪は丸みを帯びたボブカットになっている。



(彼女と呪いを共有したせいで……俺はレイの記憶の中に入ってしまったのだろうか。これはそうとしか思えないぞ)



 メイドさんや少女と語らいを続ける俺の姿が、金色の装飾がふんだんに施された姿見に映る。鏡の中でこちらを見つめる青い瞳に金髪ロングの少女は、10歳くらいのレイだった。



◇ ◇ ◇ ◇



 レイの記憶は断片的で、見ている景色は次々に移り変わった。お屋敷を妹と2人で駆け回り、メイドさんに叱られるシーン。父と兄と妹と、家族水入らずの食事シーン。庭で武術の稽古をつけてもらうシーン。華やかなドレスを身につけて社交会へ繰り出すシーン。



 何度か季節も変わり次第に成長してきたレイだが、どの記憶にしても彼女の声は弾んでいて、周りの人たちも笑顔だった。俺にとっても、大好きな人がこんな幸せな生活を送っていたというのは嬉しいことだった。



「レイおねえさま、16歳のお誕生日、おめでとうございます」


「ありがとう、エレノア。あなたももうすぐ10歳ですわね。最近は剣術の鍛錬に精を出しているけれど、賊退治でもするのかしら?」


「違いますわ! おねえさまはダンスや教養だけでなく、剣術も馬術もなさるでしょう? わたくしも、何でもできるようになりたいのですわ!」



 自分に憧れるエレノアを見て頬の筋肉が緩むのを感じる。俺には兄弟はいないが、こんな風に慕ってくれる妹がいるのは嬉しいことだろう。



 今日はレイのバースデーパーティだそうで、街からは少し外れたところにある迎賓館のような建物に客を招いて大宴会を開いている。レイも俺のよく知る縦ロールに、パニエの入ったコーラルピンクのドレスというパーティスタイルだ。



 会場の人たちはまるで歴史の教科書からそ出てきた貴族そのままの格好だ。そんな中から特に偉そうなおじさんが代わる代わるレイの元に挨拶に訪れる。



「レイチェルお嬢様、おめでとうございます。お母様によく似て美しくなられましたな。今宵の晴れ姿、お母様もきっと天からお喜びのことでしょう」


「これは、マーズ侯ライオット様。お褒めにあずかり光栄ですわ。まだまだ未熟とはいえこれでわたくしも成人の身、アンダーソンの名に恥じぬよう勉強して参りますので、今後も変わらぬお付き合いをお願いしますわ」



(ああ、俺も小さい頃はこんな風だったな。親の付き添いでパーティに連れてかれて、知らないおじさんおばさんと挨拶ばっかりして。レイもそんな中で生きてきたのかと思うと、ちょっと親近感湧くな)



 同じような挨拶を繰り返すレイの記憶が俺自身の経験と重なる。会も終わりに近づいてきたというところで、父、ヘンリーが高そうなグラスを持って現れた。



「レイ、この館は気に入ったか? 今日、このめでたき成人の日のためだけに建てたのだ。次に使うのはエレノアが成人するときだから……6年後になるな。ハッハッハ、贅沢が過ぎるか?」



(マジかよ……そのためだけにこんな屋敷を建てるなんて、スケールの違う金持ちは考えることが分からん……)



「うふふ、お父様ったら張り切りましたわね。ここまでして頂かなくても、レイチェルは十分嬉しいですわ。ここまで育ててくれてありがとうございます、お父様」



 ヘンリーはにっこりと、心底嬉しそうな笑顔を浮かべる。そして持っていたグラスを差し出し、



「さあ、私からの祝いだ。あらゆるツテを使って取り寄せた上質なワインだぞ。不慣れなお前には難しい味かもしれんが、めでたいものだと思ってひと息に飲み干してくれ」



 グラスには薄紫の澄んだ液体が注がれている。レイは俺のよく知る白く透き通る指で受け取り、口元へと運んだ。



(まさかこんなところでワイン初体験……うげぇ、渋いなコレは……ん? なんか苦い。父さんも母さんも、こんなのが好きなのか?)



 しかし味をよく堪能するより先に、ある感覚が全身を襲う。倦怠感というか、強烈に眠い。耐えられない……。



◇ ◇ ◇ ◇



 ゴゥーン、という大きな音で目が覚める。誰かが鐘を鳴らしたらしい。目を開けるとあまりの眩しさに思わず再度目をつむる。どうやら自分に向かって強い光が差しているらしい。



「さあ、本日の主役のお目覚めだ! 我が愛娘レイチェル、小さい頃から可愛がってもらった皆様にはお分かりのことと思うが、今回のは音楽に武術、教養も修めた才女でありながら同時に絶世の美貌をももつ、史上最高の上モノだ!」



 会場からは「うおおお!」「この日を待ってたぜ!」という、獣のような叫び声が上がり続けている。



 状況を理解しようとしても追いつかない。そんな中でも腕をきつく縛る縄の痛みだけは、はっきりと感じられた。




⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎



 突如始まった『人間オークション』に驚きを隠せないながらも必死な思いで脱出したライチェル。しかし父の「次は妹」という言葉を思い出し、馬を奪ってアンダーソン家へと駆け戻る……。



 次回!『レイチェル・アンダーソン②』

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