ファーストキスはレモン味?いちご味?

 教えてもらった丘には既に何人かが、花火の見えそうな場所に陣取っていた。俺たちは先駆者の位置取りを参考にしてベストポジションを探す。



「真里愛さん、心配ですわね……」


「ああ、そうだな。砂川に任せておけば大丈夫だと思うけど……」


(でも多分、彼女が転んだのはワザとだ。俺たちを2人きりにしようという作戦……つまり本気の痛みではない、はず)



 砂利の上に手をついた真里愛の姿を思い浮かべ、心が痛む。あれはきっと演技だと自分を説得し、俺はこれからの段取りを考えることにした。



(告白って……どうするんだ。『好きです、付き合ってください』って言えばいいのか? それとも出会った日から今までを軽く振り返ったりするのか? あの頃のレイは強烈だったけど、今ではずいぶん丸くなったよな……。



 って、そんなこと考えてる場合じゃないよな。告白ってどうするか考えないと。しっかり顔見て言わないとダメだよな。よし……いや可愛いな! いつもの金髪縦ロールもいいけど、サラサラストレートに浴衣も似合うとか反則かよ……だめだ顔なんて見れない)



「ねえ、ユウ? 聞いてますの?」


「うわっ! 違う違う! ……え? なんか言ってたの?」



 はぁ〜、と大げさに肩を落とすレイ。ちょっとムスッとしているが、本気で怒らせたわけではなさそうだ。



「自分の世界に入ると周りが見えなくなるクセ、出会った時から変わりませんわね。まあいいですわ、一生懸命なのは素晴らしいことですもの」


「あー、ごめんなさい。もう一度お話聞かせてくださいますでしょうか、お嬢様」



 俺が話を聞いていなかったときは、こうするのが一番有効だと経験則で知っている。まあこんなことを何度も経験しているということはつまり、レイの言葉通り俺は全然変われていないわけだ。



「分かればよろしい、ですわ。まだ花火まで少し時間があるようなので、何か飲み物を買ってきてほしいと言いましたの」



 レイが腕時計を見せてくる。確かに、花火が始まるまであと15分くらいはありそうだ。



「いいけど、変な奴に絡まれたらちゃんと追い払ってくれよ。俺もすぐに戻るから」



 俺は持っていたりんご飴を手渡し、自販機を探しながら何度もレイを振り返る。人が少ないので、遠目に見ても誰も彼女に近付いていないのが分かる。



(そもそもカップルばっかりだし、よその女の子に話し掛けようって奴もいないか……)



 結局近くに自販機は見当たらず、手近な屋台で買うことにした。焼きそばのついでに売られているペットボトル飲料は、強気の値段設定にも関わらずポンポン売れている。



 5、6人ほど並んでいるが仕方ない。そう思いながら待つこと数分。遠くでドンッという破裂音が響き、誰もが空を見上げた。空中で光る花火が人々の顔を優しく照らす。



「おいおいマジかよ……! レイのやつ、時計遅れてんじゃん!」



 俺が屋台にたどり着くまであと1人。前の人も急いでいるようで、30秒もせずに俺の番がやってくる。500円玉しかないが、お釣りをもらう時間も惜しい。緑茶を一本買ってレイのところへ走った。



 彼女の姿が見える。良かった、誰かにナンパされるようなことにはなっていないらしい。しかし辺りのカップルとは決定的に違うシルエットをしていた。



(なんでレイは座り込んでる? どうして俯いているんだ……?)



 落ち込んでいる様子のレイ。走る足に力が入る。緊張と不安で心臓が早鐘を打つ。そしてあっという間に彼女のそばに駆け寄り、



「レイ、どうした!? 大丈夫か!?」



 と顔を覗き込んだ。俺の声を聞いて顔を上げたレイ。その時、後ろでドンッという音が鳴る。赤と黄色の光で照らされた彼女は意外なことに、りんご飴を食べながら満面の笑みを浮かべていた。



「遅いですわ! 初めて見る花火は、ユウと一緒がいいと思って……うっかり見てしまわないように座っておりましてよ!」



(な、なんだよそれは……反則だろ……!)



 先ほどまでの鼓動が、気づけばただのドキドキに変わっていた。花火の中で見ても白く透き通る肌、まん丸の青い瞳がにっこりと形を歪ませ笑顔を形作る。それが、俺だけのために向けられている。



「どうしたんですの? ユウ、早く見ないと花火が終わってしまいますわ!」



 レイの言う通り、花火は先ほどからドンドンと連続で爆発音を鳴らしている。今はちょうど『大きな花が咲いた後、分裂してパラパラと小さな音を立てるやつ』が数発咲いたところだ。



「……好きだ。レイ」


「え? 何か言いまして?」



 思わずこぼれた言葉。しかし立ち上がり、夢中で花火を見上げるレイに俺の呟きは届かなかったらしい。青に黄色に、夏の高い空で鮮やかに輝きを変える花火より、もっと心に響く言葉でなければ届かないのだ。



 すぅーっと息を吸い込んだ。今なら言える。今しか言えない。



「俺は! レイのことが好きだーッ!」



 爆音に負けないようにと出した大声は、ちょうど花火の合間の静かな夜空にこだました。ひと呼吸置いて、聞こえてきたのは祝福の声。周りのカップルが「よく言った!」「若いね〜!」と拍手している。



 レイは開いた口に手を当て、驚きの表情で俺を見ている。横から優しい光が明滅しながら美しい顔を照らしている。



「そ、そんな急に……嬉しい、けど……」



(レイと初めて出会った日のこと、鮮明に思い出せる。異世界から来たとか言うヤバい奴かと思ったけど、優しくて真面目な奴だった)



わたくしに触れれば、ユウまで命を懸けることになってしまいますわ」



(学級委員に推したり、バーベキューを企画したり、今での俺じゃ歩めなかった道を開いてくれたんだ)



「そんなわたくしとお付き合いしても……その、満たされないのではなくて……?」



(そんなレイと一緒に生きていくためなら、俺は……)



「俺は、命だって懸けてもいい!」



 レイの頬に触れる。彼女の温かい体温が手のひらに伝わり、思わず涙ぐみそうになる。



 そっと、ゆっくりと顔を近づける。気づけば目の前が真っ暗になっている。目を閉じているからだ。レイが動いていないのは、手から伝わる気配で分かる。



 そして俺たちの唇はゆっくりと重なった。ほんの一瞬のような、それとも永遠に続くような。そんな不思議な時間の感覚に陥る。



 花火のフィナーレを飾る3尺玉が爆発し辺りを照らす。りんご味のファーストキスから我に帰った俺たちは互いに目を開け唇を離し、少しだけ見つめあった。



 多幸感。そうとしか言葉にできない感覚が身体中に満ちている。ただ、恥ずかしくてもうレイの顔を見ることはできず、俯く。



 恥じらいと高揚が混ざり合う不思議な精神状態は、俺を更に突き動かす。俺と同じように俯いたままのレイを抱きしめるべく重心を移動させた瞬間、身体に変化が起こった。



 苦しい。息ができない。思わず胸に手を当てる。立っていることもできず、右膝と右手を地に着いた。



「ユウ! ユウ!」



 叫ぶレイの声と湿った土の匂いを感じながら、俺の意識は暗闇へと堕ちていった。




⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎



 ファーストキスから数秒でブラックアウトしてしまった俺。目が覚めると……そこは知らない場所だった。綺麗なお屋敷に何人ものお手伝いさん。そして……ん!? ついてない……!?



 次回!『レイチェル・アンダーソン①』

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