りんご飴は人が食べてる姿を見るのが一番美味しそう①

 夏の終わりが近いと言っても、太陽は18時でもしぶとく明るさを残している。浴衣姿の真里愛とレイのバックには所狭しとお祭りの屋台が並び、どこかから漂う醤油の焦げる香りが、いかにもな『お祭り感』を連れてくる。



「二人とも、浴衣似合うじゃん」



 薄い水色に白百合があしらわれた浴衣、濃い水色の帯がさらさらの金髪とよく似合う。朝までは縦ロールだったはずなのに、わざわざ下ろしてきたというのだから女心はよく分からない。



 白地に薄オレンジの花が散りばめられた浴衣は清楚で、真里愛らしさを感じさせる。帯は濃いオレンジ色で、見ていると夏の終わりを感じるような気がした。



「よし、じゃあそろそろ行こうか」



 砂川を先頭に歩き出した俺たち。後ろから女子たちの下駄の音がカランコロンと鳴っている。祭りの会場は大きめの神社で、足元はところどころ砂利が敷き詰められている。



(砂川、ずいぶんゆっくり歩くな……ああ、下駄じゃ歩きづらいからか。本当によく気がつく奴だな)



 ちょうど軽くお腹が空いてくる時間帯。辺りはたくさんの人と呼び込みの声が入り乱れ、油断するとはぐれてしまいそうだった。そんな中でもレイはしっかりと、



「あの、棒の先に赤い飴がついているのは何ですの? あれはどこに行けば買えますの?」



 なんて楽しんでいるから嬉しかった。



「あれはりんご飴って言ってな、見てると欲しくなるけど買うと後悔するランキング第一位だ。なかなか減らないし、持ってると他のものを食べづらいし」


「そうなんですの? でもあんな綺麗な食べ物見たことないですわ! 見つけたら絶対に買いますわ!」



◇ ◇ ◇ ◇



「たくさん食べましたわね……お祭りって幸せですわ〜」



 俺たちは急造の食事スペースに腰掛けお祭りメシを楽しんでいた。焼きそば、玉せん、トルネードポテト。どれもレイが欲しい欲しいと騒いで買ったものだ。



「いや〜、お祭りご飯って粉物ばっかりだから腹に来るね。この後は打ち上げ花火もあることだし、ちょっと休んでいこうか」


「私もちょっと休みたいかも……砂利が歩きづらくて指がちょっと擦れちゃったし」



 砂川たちの提案で少し休憩を取ることになった。真里愛は下駄を脱いで指の辺りをさすっている。しかしレイは立ち上がって、



「実はもう先ほどりんご飴の屋台を見つけましたの。わたくし買ってきてもよろしくて? 皆さんの分も……」


「いやいや! 私はもう大丈夫だよ! レイちゃん、意外とたくさん食べれる人なんだね……!」


「じゃあ、俺も行くよ。レイだけじゃ何かと心配だし」



 そう言って立ち上がり、一緒に祭りの喧騒へと戻っていく。人は多いが、俺とレイは手を繋いで歩くことなんてできない。しかし慣れない下駄で砂利に足を取られかける彼女を見ていられず、



「レイ、服の裾でも掴んでてくれないか。どうにも見てて、その……転ばないかと心配なんだ」



 と、両手を広げてレイの前に立ち塞がった。どこでも掴みやすいところを掴んでくれ、という意思表示のつもりだったが、



「ふふ。そんなエスコートの仕方、初めて見ましたわ」



 と笑われ、思わず顔が赤くなる。周りの人も俺を避けて歩いている。しかし浴衣の袖から伸びる白い腕が俺のシャツに近づき、ちょこんと裾をつまむのを見た瞬間、他のことはどうでもよくなってしまった。



「おじさま、りんご飴をひとついただけますかしら」


「お、お嬢ちゃん可愛いね! 少しまけて350円でいいよ!」



 調子のいいおじさんから受け取った飴は夕日を受けて一層赤く輝いている。レイも熱を帯びた視線で見つめていたが、ついにひと口かじった。



「ん〜! これ、りんごが丸ごと入っていますわ! すごいことを思い付く方がいらっしゃるものですわ」



 レイは満足そうに飴を頬張っていたが、右手は変わらずぎゅっとシャツをつまんでいる。



(お祭り、来て良かった……!)



◇ ◇ ◇ ◇



「お、おかえり〜。憧れのりんご飴はどうだった? レイちゃん」


「それが……実はもう、飽きてしまいましたの。初めは綺麗だし美味しいしで感動したのですが、食べても食べてもなくなりませんもの」


「だから言っただろ、買うと後悔するって」



 そう言いながらも、レイの喜ぶ顔が見られただけで満足しているのは内緒だ。バレたら恥ずかしくてもう家には帰れない。



「ユウ〜、もうあげますわ。ついてきてくれたお礼でしてよ」



 レイは食べかけのりんご飴を押し付けてくる。その様子を見て、みんなに聞かせるかのように大きくため息をついた砂川。



「はあ〜……。ほんと、レイちゃんと遊は仲良いよな。まったく……」



 そんなことを言いながら額に手を当てて俯いていた砂川だったが、数秒後にはすっと立ち上がり、



「よし、じゃあそろそろ行くか!」



 と声を張って宣言した。辺りは既に暗くなり始めていたが、お祭りを楽しむ人は増える一方だった。



「んじゃ、ぼちぼち花火も始まるしどこか見やすいところ探しますか〜」


「私、よく来るから良いところ知ってるよ! 神社の裏手の方に登っていくと、ちょっと丘みたいになっててね。そこが静かで花火がよく見えるんだ〜」



 真里愛が教えてくれたところを目指してみんなで歩いていく。しかしその途中でアクシデントが起きた。真里愛が砂利に下駄を取られて転んでしまったのだ。



「大丈夫か!? 真里愛、立てそうか?」


「う、ん……痛っ……。ちょっと、今すぐは立てないかも」


「かわいそうに……。どこか座れる場所は……」



 俺が辺りを見回していると、砂川が真里愛に背を向けてしゃがみ、



「ここじゃ人通りも多いし安心できないよね。お父さん、今日も迎えに来てくれる予定なら、合流できるところ教えてくれたら俺がそこまでおぶっていくよ」



 と言い出した。俺が一歩踏み出すのと同時に、



「遊はりんご飴があるからおんぶなんてできないだろ。お前たちはさっき言ってた丘に行ってこいよ」



 と笑顔で言った。暗くてもなぜか分かる、いつもの爽やかな笑顔だった。



 真里愛は「重いから」「恥ずかしいよ」などと言いつつも、割とすんなりおんぶを受け入れた。それほど痛いのかと心配したが、砂川の背中に乗りながら俺の方を振り返って親指を立てて見せたので安心した。



「ふ、2人になっちゃったけど……せっかくだし、行くか」



(真里愛、このアシスト、無駄にはしないからな……!)




⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎



 2人きりで花火を見ることになった俺たち。一世一代のチャンスに、俺は一歩踏み出す……ことができるのか!?



 次回!『ファーストキスはレモン味?いちご味?』

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