男女混合でプールに行くなんて漫画の中だけっしょ②
「それじゃあお待ちかね、2回目のくじ引きでぇーす!」
「おいおい、もう『運命のなんちゃら』は言わなくていいのか?」
砂川にからかわれながら間宮はみんなの輪ゴムを回収する。そして男女に分かれて色を振り分ける。
「間宮、お前何色にする?」
「俺は青かな〜、さっき黄色選んだし」
間宮がひょいと青い輪ゴムを取ったのを確認して、俺は女子に聞こえるように大きめの声で、
「意外な選択! んじゃ、俺らはどうする?」
と、砂川の選択を促した。
◇ ◇ ◇ ◇
「おいーまじか、美希とプールなんて子供の頃にも行ってるっつーの」
結局、俺からのサインを受け取った美希は無事に青の輪ゴムを選び、間宮とペアになることができた。
『やっぱり』は赤、『意外』は青、『マジか』は黄色。ちょっとズルい気もしたが、誰かの恋路を応援するというのは案外楽しいものだった。
(真里愛も同じ気持ちだったのかもな。確かにこれなら協力するのも悪くないかも)
俺は隣を歩く真里愛を見ながらそう思った。当の彼女は俯いているだけだったが。
「ごめんね、レイちゃんじゃなくて……」
「何言ってんだよ、真里愛と回れて嬉しいよ。さーて、どこに行こうか……ちょうど空いてきてるし、スライダーでも行くか」
真里愛が頷いてくれたので、俺たちは歩みをそろえてゆっくりと歩き出した。スライダーの列はそう長くないが、10分くらいは待ちそうだ。
「なあ、真里愛って好きな人とかいるの?」
「え!? き、急に何でそんなこと……」
「い、いや、俺ばっかり助けてもらっててなんか悪いから、力になれることないかなと……」
軽い気持ちで聞いたつもりが、思いの外動揺させてしまったらしい。俯いていても分かるくらい、耳まで真っ赤になっている。
「わ、私はそういう経験なくて……だから、大丈夫、です……」
「そっか、なんかごめん。言いたくないこともあるよな」
それから俺たちは無言で待ち時間を過ごした。真里愛の気分を害した責任を感じている俺には数分がとても長く感じられる。
スライダーのスタート地点に近づくと、コースが2種類あることに気づいた。1つはシンプルに1人でコースを滑るもの、もう1つは2人でバナナ型の乗り物に乗って滑るもの。
(まあ一応、どっちにするか聞いておくか)
結果は明白だと思いつつどちらにするか聞くと、意外な答えが返ってくる。
「こっち……やってみたい、かも。あ! でも、遊くんが嫌だったらいいよ!」
「いや、いいよやろう! せっかく2人で回ってるんだから、2人でしか乗れないやつに乗ろうぜ!」
俺たちの番はすぐに来た。俺がバナナの前方に跨り、真里愛は後ろに乗った。頂上から見下ろす景色は意外と高くて多少の恐怖を感じた。
(うおっ、この乗り物も意外と不安定で怖いな。真里愛も怖いのか背中に引っ付いて……)
背中に感じる柔らかさ。そこで俺は気付いた。これは……ボーナスステージ突入だ!
「では、行ってらっしゃーい!」
係員のお兄さんが俺に親指を立て、ボートを一気に押し進める。俺たちはスライダーの急流に乗って右へ左へ振られながら下っていく。
「きゃあああ! わあああ!」
背中で真里愛が騒いでいるのが聞こえる。顔は見えないが、俺に寄りかかる力がどんどん強くなっているから、多分相当怖いんだろう。恐怖のあまり、ムネが当たっていることにも気付いていないのかもしれない。
そして俺たちはバナナの乗り物ごとどぶん! とゴールに投げ出された。足のつく浅いプールだったが、真里愛はなんと水中で俺に抱きついてきたのだ。
(おおおっ!? これは……すご……いや! 水中は危ないし楽しんでる場合じゃない!)
俺は真里愛に声を掛け、立ち上がらせる。足がつくことに気づいて落ち着きを取り戻したのか、真里愛は
「ご、ごめんね! 恥ずかしい……」
と謝ってきたが、俺は上の空だったかもしれない。だってこの数分間は、あまりにも刺激が強すぎた。
◇ ◇ ◇ ◇
「さて、本日ラストのくじ引きを行いたいと思います!」
と、間宮は声高らかに宣言したものの、待っても戻ってこない奴らがいた。レイと砂川のペアだ。
「って、レイちゃんと楓馬っち戻ってきてないじゃん。あれ、これってもしかして深追いしないほうがいい系のやつ? 遊っちはどう思うよ?」
「いや、2人はそういうタイプじゃないような……何かあったのかも。探してあげてもいいかもしれない」
美希も真里愛も俺の答えに頷き、賛同してくれた。間宮は自慢のくじ引きが使えないのが多少残念そうだったが、すんなりと納得してくれた。
「じゃ、今のペアで探しに行くことにしよっか〜。ほら、行くよ間宮!」
間宮と美希はサッサとプールの方へ歩いて行った。俺たちも探しに……と思ったが、あてもなくうろついても効率が悪い。どうしようか迷っていると、真里愛が
「合流できないってことは、どっちかが怪我してるのかも。インフォメーションに行って聞いてみよう」
とアイデアを出してくれた。果たして2人は、そこにいた。しかし、どちらも怪我などしていないようだった。
「ああ、もう時間を過ぎていましたの。ごめんなさい、
俺たちに気付いたレイはすぐに時間を過ぎたことを謝罪した。しかし、それを遮るように砂川が事情を説明する。
「レイちゃん、溺れてた女の子を助けたんだよ。周りの人はみんな遊ぶのに夢中で誰も気付いてなかったんだけど、レイちゃんはすぐに見つけて泳いで行ったんだ」
そう言われると確かに想像はつく。レイは道を歩いている子どもに愛想よく手を振るし、テレビで子どもが活躍するとウルッとしている、そういう奴だからだ。
レイと砂川に何事もなく安心したところで、奥にある医務室のドアが開いた。中から5歳くらいの女の子と母親らしき人が現れた。女の子は泣きまくった後のようで、鼻を鳴らしながらしきりに腕で目を擦っている。
「あの、本当になんとお礼を言っていいか……ありがとうございました」
「いえいえ、本当に無事でよかったですわ。それと……」
レイは女の子の元に駆け寄って屈み込み、耳元で何かをささやいている。彼女を救ったときに濡れたのであろう金髪が、白い蛍光灯を受けて光っている。それがどこか儚げで悲しげで、俺は何となく目を逸らした。
◇ ◇ ◇ ◇
「いやー、最高だったね! レイちゃんもお手柄だったらしーじゃん? かわいいだけじゃなくてカッコいいなんて、クールだねぇ」
朝と同じバス停で間宮だけが騒いでいる。他のみんなは俺を含めてぐったりしていた。
結局あの後、はぐれたらめんどくさいという理由でそのまま全員で行動し、持ってきたボールを使ったりひたすら流れるプールで流されたりと全力で楽しんだ結果、へとへとになってしまったのだ。
(レイとはペアになれなかったけど……まあいいか。家に帰れば2人なんだから)
俺たちはバス停で解散し、それぞれ帰路につく。蝉たちは夕方になっても朝と変わらない熱量で騒ぎ続けている。まだ、夏は終わらない。
⬜︎ ⬛︎ ⬜︎ ⬛︎
8月4日 木曜日
今日は久しぶりの友達とプールに行った。間宮くんはとても賑やかだったけど、スライダーを怖がっていたのは意外だった。砂川くんは泳ぎが上手いし、慣れてるから話しやすかったけど、途中で私の人助けに付き合わせてしまった。ごめんね。
あの子が溺れてるときは夢中だったけど、今思えば妹と重ねていたのかもしれない。元気にしてるかな、1人でも頑張って生きてるかな……。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
大学進学についての相談をするため両親と連絡を取ると『ちょうどいいから一回帰る』
という返事が来てしまう。家にはレイがいるのを一体どう説明すれば……!?
次回!『便りがないのはいい便り、便りがあるのは……』
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