初デートに水族館はNGらしい②

「ぐぬぬ……ペンギンめ、もう動くのをやめろ!」


「遊くん、『ぐぬぬ』って言う人初めて見たよ私、ちょっといいもの見れたかも」



 レイはペンギンが氷の上をちょこまか歩いたり、かと思えば水の中を弾丸のような速さで泳いだりするのを夢中になって見ている。砂川は横であれこれ解説らしきことをしている。手を繋いだままで。そう、手を繋いだままで!



「まあまあそう怒らないで。多分レイちゃん、ペンギンに夢中で手を繋いでることなんて忘れてるよ。だって……」



 真里愛は何かボソボソ言いながら俯いてしまった。ペンギン水槽前は人気スポットらしくたくさんの人で賑わっていたが、この中でろくにペンギンを見ていないのは俺たちくらいかもしれない。



「あ、動いたぞ! 俺たちも行こう!」



 俺は握っていた真里愛の手を引っ張って、気づいた。



(俺、ずっと真里愛の手を握ったままだった……?)



 途端に恥ずかしくなって手を離そうとしたが、力強く握り返されてしまった。全然意識していなかったが、真里愛の手は温かくて、柔らかかった。



「待って! 人が多いから、ここだけは手を繋いだままで……いい?」


「そ、そうだな。はぐれたら尾行どころじゃないしな。も、もちろんいいよ」



◇ ◇ ◇ ◇



「さあみなさん、お待たせしました! 当水族館の目玉、イルカショーの始まりでーす!」



 ウェットスーツに身を包んだお姉さんが元気に宣言すると、5頭のイルカたちがそれに応えて空中へと飛び出す。客席からは歓声が起こる。



 イルカたちは笛の合図に合わせて泳いだりジャンプしたりボールにタッチしたり。力強くもかわいらしい姿で観客を沸かせている。俺の意識はもちろんイルカ3に対してレイ達7という比率を保っている。



 砂川がレイに飲み物を買ってきたのを見て、俺も自販機に走った。ヤツのさりげない気遣いが爽やかすぎて、俺なんかが恋のライバルに名乗りを上げることが馬鹿らしく思えた。今までの俺だったら間違いなく、今頃は家で次の趣味でも探していただろう。



「ほら見て! 2人、もう手繋いでないよ。きっと人がたくさんいたから手を繋いでいただけなんだよ!」



 見通しの良い、通路そばの席で飲み物を受け取りながら、真里愛は俺を励ましてくれる。俺は不甲斐なさでしばらく座れずにいた。



「それではお待たせしました! イルカに触ろう、のお時間です。今日の選ばれしお客様は〜……デデン! 通路そばの席で立ってるお兄さん!」



(通路そばの席で……って、俺か? いやいや、そんな訳ないよな)



 そう思ってキョロキョロしていると、お姉さんから人物情報が追加される。



「キョロキョロしなーい! 彼女さんとお揃いの帽子を被ってる、そこのお兄さんですよー!」



 俺は人生史上最速の動きで真里愛の手を引き、最も近い出口に向かって瞬時に動いた。判断が早い、というのはこういうことを言うのだ。ちなみに俺は長男だが、他に兄弟はいない。



◇ ◇ ◇ ◇



「ほんと……振り回してごめん」



 俺たちは朝と同じく駅前のハンバーガー屋で向かい合って座っていた。



「まあ……イルカには触ってみたかったから残念だけど、しょうがないかな〜。それに私、結構楽しかったよ。遊くんと水族館行けて」


「ありがとう。そう言ってもらえると気が楽になるよ、真里愛は励ますのが上手いな」



 真里愛はふぅっと短く息を吐いて、照り焼き味のハンバーガーを開け始めた。ちょっと唇を尖らせているのもなんだか可愛らしい。



「はぁーあ、でもレイちゃんには申し訳ないかなー。先に遊くんと手繋いじゃったもん」



 真里愛はシャカシャカと包装紙の音を立てながら、独り言のように呟いた。しかし彼女が何気なく放ったその言葉は俺に鋭く突き刺さる。



(レイと付き合っても、手さえ繋げないんだよな……砂川となら、できるのに)



「なあ、やっぱり女子は好きな子と手繋げたら嬉しいもんか? 抱きついたりとかしたいのか?」



 真里愛はまん丸な目でこちらを見て、その後すぐにむせた。ちょうどハンバーガーを食べたところで話しかけたせいらしい。俺は立ち上がって彼女の背中をさする。



「げほん……も、もう大丈夫! 遊くんが急に変なこと聞くから……。えっと、それは嬉しいものだと思うよ。私も嬉しかったし……じゃなくて! 私も好きな子と手を繋げたら嬉しいもん!」



 驚きすぎた自分を恥ずかしがっているのか、はたまた咳き込んだ苦しさのせいか、真里愛の顔は真っ赤になっていた。俺はそんなになってまで答えてくれたことに礼を言って、ぼんやりとポテトに手を伸ばした。



(そうに決まってるよな。俺と付き合ったらレイはが一切できないわけで、俺が頑張ってもし仮に、仮に付き合えたとしても、レイを幸せにできるんだろうか)



 結局その答えは、食事を終えて解散しても一向に見つかりそうになかった。



◇ ◇ ◇ ◇



「ただいま帰りましたわ。さあ、お夕飯の支度をする前に……これ、遊へのお土産ですわ! げんてーひん? らしいですわよ」



 レイは家に帰るなり水族館のプリントがされたビニールバッグから、帽子を取り出した。俺はめちゃくちゃに焦ったが、俺の尾行がバレなかった証拠だと気づいて胸を撫で下ろした。



 レイは白いワンピースをふわりとさせて廊下を小走りで抜けていく。シンプルな麻のバッグが夏らしい爽やかさをより強く印象づける。自慢の金髪は下ろされ、サラサラとなびく様子が絵になる。いや、絵になると言うより正直めちゃくちゃ可愛かった。



(好きだと意識するだけでこんなに可愛く見えるのか、いや今までも可愛いとは思ってたけど……だーもう心臓のドキドキが止まらん!)



 俺は自分の部屋に戻り、二つに増えた帽子を抱きながらベッドにダイブ。17歳男子、恥ずかしくもごろごろと悶絶する夏の始まり。



⬜︎ ⬛︎ ⬜︎ ⬛︎


7月29日 土曜日


 今日は水族館へ行った。砂川くんと行ったのでだいぶ新鮮で面白かった! 勉強してきてくれたのか、魚の知識をたくさん教えてくれて面白かった。ユウだったらササッと行っちゃいそうなのに。


 砂川はくんは話も面白くて、私の話もよく聞いてくれた。ユウなんて趣味や食べ物の話になるとほとんど1人で話してるもんなあ。それも楽しいんだけどね。


 そういえば、イルカショーを見てたらユウにそっくりな人がいた気がした。水族館デザインの帽子を被ってたから、ユウにも似合うと思ってお土産にした。喜んでくれるといいなあ。




⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎



 やってきたのは大型プール! 男女入り乱れての楽しい時間と思いきや、あんなことやこんなことが起こって……!?


 次回!『男女混合でプールに行くなんて漫画の中だけっしょ①』

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