初デートに水族館はNGらしい①

「おいおい待て待て! 手つないでる! つないでるって!」


「遊くん落ち着いて! 大きい声出したら見つかっちゃうよ!」



 真里愛が身体を張って止めてくれなければ、俺は今頃レイと砂川に見つかり不審者扱い、もしくはお揃いの帽子で水族館デートと誤解されていた。危なかった。



◆ ◆ ◆ ◆



「ぶふぉっ、げほっげほっ……ちょっと待て、今なんて言った?」


「ですから、今週末は砂川さんと水族館に行きますのでお昼ご飯はご一緒できません、と言ったのですわ」



 レイはこともなげにそう言うと、トーストにバターを塗り始めた。俺が絶句しているせいで、バターナイフがこんがり焼けた表面をなぞるザラザラという音が響いて聞こえた気がした。



「……あ、ああ、そうなの? き、気をつけてこいよ?」



 動揺を隠すつもりで腹に力を込めて声を出したはずなのに裏返ってしまった。レイはやっぱり気にもしないでトーストをサクサク鳴らしている。



(こないだのことも整理がついてないのに……。あーダメだ、また心がザワザワしてきたぞ。これじゃ居ても立っても居られない!)



 俺はこんな時どうすればいいか分からず、気づいたときには『相談があるんだけど……』というメッセージを送ってしまっていた。



◇ ◇ ◇ ◇



「おはよ、遊くん。どうかしたの? 相談したいことがあるって」


「ごめんな真里愛、土曜日の朝から呼び出して。相談っていうのはレイのことなんだけど……」



 真里愛は甘じょっぱい味が売りのハンバーガーを頬張りながら頷いている。土曜日の朝というので、駅前のハンバーガチェーンはそこそこの客入りだった。



 未だ整理がつかない俺の気持ちを黙って聞いてくれる真里愛。気づけば彼女のトレーに食べ物は残っていなかった。俺の方は話すのにいっぱいいっぱいで手付かずの状態だった。話し過ぎた、と反省してストローに口をつけると、真里愛は大きなため息を一つ、ふーっと吐き出した。



「……つまり遊くんは、レイちゃんのことが大好きなんだね? その相談を私にしようと呼び出したわけだね?」


「うぐっ……げっほげっほ! いや、ちょっと待ってくれ、何もそこまでは……」


「私、今日から2人のことを応援しようと一大決心したんだけど! 遊くんがそんなだったら、もうやめるから!」



 突然のブッコミに尻込みしていると、これまた突然怒り出した真里愛。口を尖らせ俺を睨む顔も可愛らしいが、今はそんなことを考えている場合ではない。



(好き、レイのことが、好きなのか、俺は)


「分かったよ! そうだよ、俺は……レイのことが好きなんだ……多分」



 言葉にした途端、ザワザワしていたものがなくなり、代わりに動悸がし始める。真里愛は多少不満そうではあったが、腕を組みつつ頷いてくれた。



「よしよし、遊くんは素直でよろしい。そうと決まれば砂川くんには悪いけど今日の水族館デート、覗きに行っちゃいましょー!」



◇ ◇ ◇ ◇



「むっ! 和倉隊員、ターゲットを発見! やはり待ち合わせは駅前のモニュメントで合っていた模様、至急合流せよ!」


「り、了解、水族館前より移動します」



 周りの様子を注視しながら通話を切りコソコソと駅方面へ向かう。真里愛の情報通りならまだこのあたりでレイたちとかち合うことはないだろうとは思いつつ、物陰を探しながら移動してしまう。



(しっかし真里愛、ノリノリだな……)



 真里愛の提案で俺たちは水族館に行く2人を尾行することにした。幸い夏休みということもあって水族館はそこそこに混み合っていて、尾行には最適そうな環境ではあった。



「和倉隊員! こっちこっち!」



 植え込みからの声に誘われ真里愛と合流すると、魚柄のキャップを被せられた。



「本当は迷彩が良かったんだけどね〜。こういうのあるとちょっと気分出るかと思ってさ、駅のお土産屋さんで買ったんだ!」



 真里愛は自分の頭を指差しながら言った。どうやら気分は探偵のようだが……


(おいおい、これじゃ俺たちがカップルじゃんかよ。まあカモフラージュにはなるし、いいか)



「あ、ありが……」



 礼を言いかけた瞬間、頭を押さえつけられる。何事かと思ったら耳元で



「しっ! ターゲット接近、チケット購入窓口へ向かっているようです! 和倉隊員、電子チケットの準備を!」


「はいはい分かりましたよ隊長、今出しまーす」


「和倉隊員、油断しているなッ!」


(なんか、一番楽しんでるの、コイツのような気がする……)



 真里愛のチョップをかわし、先にスマホで購入しておいた電子チケットを表示した。



◇ ◇ ◇ ◇



「ねーねー遊くん、タコってこんなとこでじっとしててつまんなくないのかなー」



 真里愛は岩の隙間で同化して動かないタコを見つめながら呟く。俺は一応、人混みの中でターゲットを見失わないようにチラチラと確認しながら、



「まあ、毎日その水槽で暮らしてるわけだからさ。悟ってんじゃないの」



 と半ば適当な返事をしていた。



 尾行といってもスリリングなことは何もなく、むしろ全くもってつまらなかった。会話が聞けるほど近づけばバレるリスクが高いし、かと言ってただ魚を見ながら練り歩く2人を見ているのも飽きた。真里愛なんかは完全に水族館を楽しんでいる。



「ふー。尾行も疲れてきたな。まあ初デートに水族館はNGって言うし、別に上手くいくこともないか」


(そうか、アイツらデートしてるのか。俺なんて一緒に暮らしててデートなんてしたことないのに……)



 自分が何気なく発したデート、という言葉に少し傷ついている自分がいる。



「初デートに水族館、いいらしいよ。間が持たなくても魚を見てればいいし、暗いところで相手を見るとドキッとしちゃうこともあるらしいし」


「え……それマジなやつ?」



 急に不安になって、もう一度レイ達に視線を戻す。するとなんとも自然な動きで砂川が左手を差し出し、レイはそれを握ったではないか。



「おいおい待て待て! 手つないでる! つないでるって!」


「遊くん落ち着いて! 大きい声出したら見つかっちゃうよ!」



 真里愛が身体を張って止めてくれなければ、俺は今頃レイと砂川に見つかり不審者扱い、もしくはお揃いの帽子で水族館デートと誤解されていた。危なかった。



「で、どうする遊くん。追いかける勇気はある?」



 真里愛の言葉は半分くらいしか入ってこなかった。胸の鼓動が速くなることだけは分かった。



「行く……しかないだろ! このまま帰っても眠れないぜ!」



 なんだかカッコ悪いことを勢いよく言った気がしたが、奴らを見失うよりよっぽど良いかと思い、真里愛の手を引いて走り出した。



⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎



 手を繋ぎ、デート感たっぷりのレイと砂川を見て心臓バクバク、慌てて真里愛の手を引いて奴らを追いかける。しかし彼女から感じる手の温もりは、レイとの交際では得られないものだと気づき……。


 次回!『初デートに水族館はNGらしい②』

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