ドキッ! 予定外だらけの夏休み

今日から夏休みは秒刻みで減少していくと思うと悲しい

「じゃあ、通知表返すからなー。ちゃんと保護者の方に見せろよ。カバンの中に突っ込んでました、だと保護者会で泣くことになるぞー」



 大川は気軽な調子で話しつつも、受験生だということを念押しする。



(俺もこの夏で志望校をしっかり決めておくか。一応、両親にも相談しておかないとな)



 そして1人ずつ呼び出され渡される通知表。俺はどうせオール5だし、『和倉』は最後なので待ってる間暇だというので、通知表を受け取った人の観察をするのが自分的恒例になっている。



(美希はオール3くらいか。砂川は4と5が混じってるくらい……ああ、三田さんはオール2に近いな。宮永さんはまあ、オール5って感じだよな)



「じゃ、和倉〜、待たせたな」



 大川が俺にだけ見えるように通知表を開く。やはりオール5だ、問題ない。そう思ってサッと受け取ろうとすると、大川がある一つの文字列を指差した。


『学級委員』


「変わったな、和倉。あの時下村がお前を学級委員に推してなかったら、こんな風になったと思うか? ほんの少しの勇気で世界が変えられるってこと、俺が教わった気がするよ。全く若いってのはすごいな」



 大川は俺の顔を見ながらニヤリと笑ってこう言った。照れで顔が真っ赤になっていることに気づいて周りを見たが、みんな自分の成績を見るのに必死で誰も俺を見てはいなかった。……1人を除いて。



「じゃ、次で最後だぞー。下村ー」



 席に戻る俺とすれ違いざま、レイは「何か、嬉しいことでもあったのかしら」とささやいた。俺は「やめろよ」と小さな声で答え、席についた。


レイはにこやかに通知表を受け取り大川と談笑している。おおかた1学期は楽しかったかとか、2学期はこんな行事があるぞとかそんな話をしているんだろう。



(2学期といえば文化祭か。今までは大嫌いな行事だったけど……今年は最優秀クラス賞でも狙ってみるか?)



◇ ◇ ◇ ◇



「ええ〜、みんなすごいよぉ……私、2と3ばっかりだったのに……」



「いやいや、三田さんは勉強会で伸びてきたところでしょ、むしろこの夏が頑張りどころだよ! それにしてもレイちゃん、転校してきたばっかりでオール4はすごいよ!」



「ええ、これも皆様にたくさん助けていただいたからですわ。わたくし、皆様とお会いできて本当に嬉しいですわ!」



 俺とレイ、砂川、真里愛は廊下で通知表を見せ合いながら他愛のない会話をしていた。他の生徒はいち早く夏休みを謳歌しようと足早に廊下を過ぎ去っていく。



(俺もちょっと前まではだったなあ……別に急いで帰るのもいいと思うけど、こうして話せる相手がいるのも幸せなことだよな)



「帰る前に遊、ちょっもトイレ付き合ってくれ! みんなは先帰ってていいからさ〜」



 砂川は突然、俺の腕を掴んでトイレの方へぐいぐい引っ張っていく。珍しく強引なことをするものだと呑気なことを考えていた俺だったが、砂川の『用事』を聞いて愕然とすることになるとは、この時は思いもしなかった。



「なあ遊、覚えてるか? 俺があの時聞いたこと」



 周りに人の気配がなくなったところで、砂川は俺の目を見てこう聞いた。いつもの爽やかさは感じられない、真っ直ぐな瞳。だが……。



「い、いや。ちょっと何のことを言ってるか分からない。どうした楓馬?」



 俺は砂川の熱量がどこにあるのかまるで分からなかった。バーベキュー、勉強会、バレーボールの練習……色々思い出しても、思い当たる節は全くない。



「……だからさ、……レイちゃんとのこと。付き合ってるとか意識してるとか、そんなのないって言ってたよな」



「……あ? ああ、おう、そんなこともあったな」



「俺、レイちゃんのこと可愛いなとは思ってたけど、体育祭で気づいたんだ。好きだわ、レイちゃんのこと」



 ほ〜、と思った。いや、それ以上の感想がもてなかった。なぜだが整理できない自分の感情が理解できず、だからこそ何の思いも抱くことができずにいた。



「今日から夏休み始まるじゃん。俺、ちょっと頑張ってみようかと思ってさ。もし遊がライバルになるなら宣言しておこうと思ったけど、そうじゃないならいいんだ。ただ、友達の恋心を聞いたってことで!」



 そう言うと砂川は「時間取ったな、悪い! 行こうぜ」と元来た道を戻って行った。何とか俺も砂川に引き離されない程度に足を動かすことはできたが、頭は全く動かなかった。



◇ ◇ ◇ ◇



「こちらオムライスです〜」



 少しふくよかな女性店員がゆったりとした調子で商品名を告げて去る。あの時と同じ、バターの香る黄金色のドームが俺の目の前に現れた。



(レイと初めて一緒に来たのが3ヶ月前だとは、信じられないな……)



 ドームの頂点にナイフを入れると半熟の卵液がこぼれ出し、デミグラスソースと合流する。赤茶色にじわじわと黄色がなだれ込み、独特の照りをもった液体に変わっていく。



(ちょうどこんな風にして、俺の日常にレイが入り込んできたんだったっけ。……ずいぶん前のことみたいな気がするな)



 レイと真里愛は2人でショッピングに行ってから帰るらしい。砂川は門のところで爽やかに「じゃ!」と言って別れた。仕方ないので俺は行きつけだったカフェに来たのだが……。



(味に集中できない。学校が早く終わる日はここに寄るのが俺の日常だったはずなのに、だいぶ変わってしまったな)



 オムライスを口に運びながら、頭では違うものを噛み砕いている。『レイのことが好き』と言われた時の、俺の気持ち。どうしてこんなに、ザワザワした気持ちになるんだ。



(もしかして、俺はレイのことが……)



⬜︎ ⬛︎ ⬜︎ ⬛︎



7月21日 金曜日


 今日は終業式、ということで通知表というものをもらった。成績は良い方だったみたいで一安心。将来の夢に向けて、成績は高い方がいいもんね!


 そうそう、ユウが買ってきてくれたお土産のケーキ、懐かしい味がした。あの時から3ヶ月、あっという間だったなあ。


 そして来週末、水族館に行くことが決まった。砂川くんから連絡が来て、一緒に行かないか〜って。ちょうど行きたいと思ってたから良かった、楽しみだな。




⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎



 土曜日、そこそこ混み合う水族館に居るのはレイと……砂川。そしてコソコソと後をつける俺と真里愛。この奇妙な状況、一体どうなってしまうのか……?


 次回!『初デートに水族館はNGらしい①』

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