大きな行事の前にテストやらされがち

「いやー、テストの後のカラオケって最高だね! さーて歌うぞー!」



 タバコの匂いが残る部屋で真里愛は大きく伸びをする。レイは飲み物を取りに行っているので、狭い部屋に2人きり。



(伸び、いいなオイ……!)



 などと考えていると、レイが目と口を大きく開いた満面の笑みで、



「できましたわ! 最高のブレンドですわ! さあユウ、お飲みなさい!」



 と褐色の液体が入ったグラスを差し出してきた。真里愛は曲選びに集中しすぎてこの失敗作の存在に気づきもしない。



(まあ……飲んでやるか。得意げな笑顔に水を差すのも悪いしな)



 ありがとう、と言いながらグラスに手を伸ばす。中の氷が涼しげな音を立てる。俺は引きつった顔を誤魔化せないでいたが、誰もそのことには気づかなかった。



「う……烏龍茶とコーラ……?」


「メロンソーダも混ぜてみましたの! いかがかしら?」



 料理は上手いのにジュースを混ぜる才能はないらしい。いやそもそもジュースは大抵混ぜない方が美味いか。



 感想を述べる前に一曲目が始まったのは助かった。このおかしなドリンクにコメントをするとして「もう止めろ」以外に思いつかなかったからだ。



◇ ◇ ◇ ◇



「レイちゃんは本当に綺麗な声だよね……もしかして将来歌手になってたりして!」



 真里愛が褒めると、レイは満更でもなさそうに頬を赤くした。前回のカラオケ体験を活かし、今回は流行りの曲をいくつか習得してきたらしい。俺は知らない曲だったが真里愛は盛り上がっていた。



(この情報収集能力……異世界出身でも女子は女子、流行りの話とか好きなんだろうな)



わたくしは……まだあまり将来のことは考えておりませんの。やってみたいことはありますけど……。それよりマリアさんは卒業したら何をなさるのかしら?」


「私はね、介護関係に興味があって……福祉関係の大学に行こうかなって考えてる。これなら家族に何か言われることもないだろうし」


(真里愛の親御さん、厳しいのかな。そういえばバーベキューのときもお父さんが迎えに来てたっけか)



 ふと自分の両親のことが頭をよぎり、つい苦笑した。あの人たちと比べればどの親も過保護なくらいだろう。



「じゃあ次は遊くんの番だよ。日ノ本学園の誇る優等生さんは、一体何をするのかな〜?」



 真里愛が妙な抑揚をつけて聞いてくる。だが俺の答えはシンプルだ。



「俺は親の会社があるから、どっかの大学で経済とか学んで、ゆくゆくは……って感じかな」



 真里愛は「おおー!」とか「御曹司!」とか言いながらタンバリンをシャラシャラやっている。どうもテストから解放された喜びでおかしくなっているところがあるらしい。



「ユウは……ユウ自身は、何かやりたいこととか、ないんですの?」


「いやあ、そうだな……何だかんだ、今の生活が幸せだからな。これがずっと続くと良いって思ってるよ」



(そう、だから3Aの奴らと仲良くならないと。結構良いペースで来てるし、レイの呪いだってきっと解けるはずだ!)



 レイは俺の話を俯きながら聞いていた。よく考えれば将来の話なんてレイには辛い話だった……。俺は慌てて、



「ところで、体育祭が終わったら夏休みだけど、真里愛はどこか行く予定あるのか?」


「うーん、特に決めてないけど、夏祭りには行くつもりだよ! 本当はプールとかも行きたいけど、受験もあるしねえ」


(プール、か……なるほどなるほど)



 心が邪悪に支配されそうになるのを堪え、話を広げようとレイにも夏休みの予定を聞いてみる。



「私は……そうですわね、水族館、というところに行ってみたいですわ」



 そう言いつつ「お手洗いに行って参りますわ」と席を立つレイ。次は俺が夏休みの予定を答える番か、と考えていると、



「ねえねえ、遊くんは、その……彼女さんとかいるの?」


「へ? 俺? そんなのいないよ、生まれてからずっといない」



 笑えないよ全く、と思いながら乾いた笑い声を出す。俺は虚しさを感じていたが、真里愛はさらに追及を続けてくる。



「そうなんだ! じゃあさ、じゃあ……好きな人とか、いる?」


「いや、そういうのも別に……」



 と言いかけて、美希とのことを意識した。俺は……誰のことが好きなのか。



「あでも、ちょっと良い感じ? みたいな人はいる……かも。なあ、相談とか、乗ってくれたりする?」


「え……? 私に、恋愛の相談?」



 真里愛の声のトーンは急激に落ちた。



(ん? 何かまずいこと言ったか? もう少し説明した方がいいのか?)


「いやさ、真里愛って可愛いし、恋愛の経験も結構あったりするのかなって思って……ごめん、そういうの話す感じじゃなかった?」


「かっ、かわ……」



 次は顔を真っ赤にして俯いている。もう何を言っても彼女の機嫌を損ねてしまいそうだ。困ったな……と思っていると、レイが扉を開けて戻ってきた。



「遅くなりましたわ。ユウ、新しいブレンドを試してみましたの! まずは香りから……」



 レイが差し出したグラスからは柑橘と茶葉、そして乳製品の匂いが漂いカオスなハーモニーを奏でている。しかしそれでもこの状況を打破する救世主には違いなかった。



◇ ◇ ◇ ◇



「なあ、カラオケで言ってた『やりたいこと』って何なんだ? 教えてくれよ」


「ふふ、内緒ですわ」



 ユウはフライパンをあおる手を止め、俺の目を見ながら唇に人差し指を当てた。イタズラっぽい目にドキッとして、俺は思わず目を逸らした。



「そういや、水族館に行きたいんだって? 近所で良ければ調べておくけど、何か希望はあるか?」


「いいえ、ありませんわ。ふふ、楽しみですわね」



(なんだか、いつもに比べて機嫌がいいような気がする……まあテストも終わったし、みんな浮かれるもんなのかもな)



 俺たちは出来立てのジャーマンポテトを皿に盛り付け運ぶ。いつものように向かい合って座り、食べ始めるのだった。



⬜︎ ⬛︎ ⬜︎ ⬛︎


6月30日 金曜日


 長かった期末テストもようやく終わり、また3人でカラオケに行った。変な飲み物を作って持って行ったときのユウの反応が面白すぎて、悪いとは思いながらやめられない。


 あと、嬉しいことがあった! 将来の話をしてた時、ユウが「今が幸せ」って言ってくれたこと! よし、しっかり書いたから忘れないよー!



⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎



 いよいよ始まる体育祭! 1日目は球技が中心。俺たちは日々の特訓のおかげで快勝を重ね迎えた準決勝。相手は合同練習で大敗を喫した3B。今度こそ、俺たちの力を出し尽くす!


 次回!『結果じゃなく努力こそが美しいとか言うの、うさんくさい①』

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