金森大輝の逆恨み
俺の家は母子家庭で、決して豊かな方じゃなかった。俺は勉強よりもサッカーが大好きで、放課後は小学校のサッカー部で走り回っていた。
小5の夏、部活の先生が何気無く放った一言が、俺には衝撃的だった。
「なあ大輝、お前日ノ本学園受けてみないか? あそこはサッカー強いし、大輝の成績なら今から頑張れば行けるかもしれんぞ」
「いやいや、え……マジで言ってますか? 俺、勉強苦手っすよ」
俺がまるで勉強していないのはバレていたが、それはともかく真剣にやればまだまだ伸びると言ってもらえたのが嬉しくて、俺は帰るなり母さんに報告した。
「母さん! 俺、結構勉強できるらしい!」
「おかえり大輝。そうなの? 大輝が勉強頑張ってくれるなら、母さん嬉しいわ」
「先生がさ、今から頑張れば日ノ本学園行けるかもって! そこ、サッカー強いんだけど知ってる?」
笑顔だった母さんは一瞬だけ真顔になったけど、またすぐに笑顔に戻った。
「そうなの? もし本当に大輝が日ノ本に行きたいなら、塾にでも行かないとダメね。だって今まで勉強してこなかった分を取り返さなきゃでしょ?」
◇ ◇ ◇ ◇
それから母さんは仕事を増やした。俺は放課後のサッカーはそこそこに、塾に通って成績を伸ばした。もともとモチベーションはあったから、親にイヤイヤ行かされてるような奴らは相手にならなかった。
母さんは俺の成績がみるみる上がるのを喜んでくれた。その代わり、塾から帰っても誰もいない日が続くようになった。夕飯をコンビニで済ますことも増えた。
そして6年生の夏、事件は起こった。母さんが職場で倒れ、救急車で運ばれた。俺は塾の夏期講習を抜け、先生に連れられ病院に向かった。
診察の結果、過労とのことだった。眼を覚ました母さんの手を握ると、細くて、弱々しくて、悲しくなった。連日のコンビニ弁当のせいで膨らんだ自分の手が恥ずかしくなった。
「母さん……無事で良かった。もういいよ、俺、日ノ本目指すの止めるよ。元気でいてくれよ」
悲しさと申し訳なさと恥ずかしさと、いろんな思いが込み上げ、気づいたら俺は涙を流していた。しかし、母さんは細い腕からは想像もつかない力で俺の手を握り返し、
「大輝、諦めたらダメだよ。私たちの暮らしは楽じゃないけど、諦めなかったら誰にだってチャンスはあるんだから! 分かったら泣き言なんて言わないで、やれるところまでやってみなさい」
とまっすぐ俺を見つめて言った。
それから俺はますます勉強を頑張った。サッカーも本を借りたり動画を見たりして自分なりに勉強した。食生活は相変わらずだったが、自分の力が伸びていくのが肌で分かった。
◇ ◇ ◇ ◇
「ある……! あるぞ! 俺の番号だ!」
校舎に張り出された合格者一覧の前は泣き崩れる奴、叫び出す奴、走り回る奴など様々だった。俺はすぐさまスマホを取り出し母さんに電話した。昼間だから繋がらない、仕事中だ。
俺は思わず母さんの職場に行っていた。駅前の、雰囲気の良いカフェだ。
「母さん! 俺、俺受かったよ! ありがとう!」
「大輝、よく頑張ったね! 本当に……」
俺たちは高校生で賑わうカフェの中で抱き合い喜びを分かち合った。
◇ ◇ ◇ ◇
日ノ本での生活は正直かなりキツかった。授業は公立の小学校よりずっと速く進むし内容は高度だった。俺みたいに死に物狂いで入った奴はすぐについていけなくなった。
憧れだったサッカー部からも足が遠のいていった。同じ中1とは思えない技術、フィジカル、そして思考。サッカー好きに毛が生えた程度、オマケに乱れた食生活で太り気味だった俺は完全に浮いていた。
(クソ……何でだ、あんなに努力したのに何で俺には何もないんだ……)
「いや、俺はこういうのできないし……」
マイナス思考になっていた俺の耳に、やけに癪に触る声が届く。陰気そうなキノコ頭が体育でやる程度の、ほんの少しのランニングを拒否している。
(体力テストもある日ノ本に、何であんなヒョロガリが……まさか、いや、ありえる。あいつは和倉コーポレーションの御曹司。そうだ、そういうことかよ……!)
俺の脳内では一つの結論が導き出された。ならば次に取るべき行動も自然と決まる。
「おい、なんでテメェみたいなヒョロいのが日ノ本受かってんだよ。金の力、ゴリ押しで入ったんじゃねぇのか? 聞いてんのか、ゴリ!」
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
学校とは、何かにつけてテストをやらせたがる。ついこの間テストがあったばかりだろ、とツッコミを入れたい。そして俺たちはまたテストが終わる度、打ち上げのカラオケに行くのだった……。
次回!『大きな行事の前にテストやらされがち』
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