練習してるだけで女子にキャーキャー言われる奴、見たことない
来週からテストが始まる。そうすると部活動も始まるわけで、つまり今日が実質最後の練習日だった。
俺たち8人はいつも通り荷物を持って体育館へ歩いて行く。ただ今日は少し様子が違った。体育館に、既に誰かいる。
「陽太ー! カッコいいー!」
「今のすごかった! もう一回見せてー!」
長身の男がボールに触れるたび黄色い歓声が湧き起こる。すらりと通った鼻筋に堀の深い目はどこか日本人離れした精悍さを思わせる。しかし子どものような無邪気な笑顔からは可愛らしさも感じられた。
(おいおい、『練習に女の子が集まってキャーキャー騒ぐ』なんて、漫画の中のできごとだろ……)
「陽太……どうしてここに」
ぼそりと呟いた宮永さんの声には、憧れとも憎しみともつかない複雑な感情が宿っているように思われた。
俺たちが扉の前で呆然と眺めているのに気づいた例の男はこちらへ颯爽と歩いてきた。
「あれ、今日は俺たちの練習日だったはずだけど……もしかしてあの子達みたいに見学しにきた感じかな?」
体育館の壁際にはたくさんの女子と数人の男子が張り付きこちらの様子を見ている。楽しい放課後を邪魔しにきた異分子への嫌悪感をむき出しにしている。
「いや、大川先生が『今日は3Aが使えるようにしといたぞ〜』って言ってたよ。間違いない」
間髪入れず砂川が反論する。
(これだけのギャラリーがいるのにたくましい……正直助かる)
「あれー、おかしいな。高井先生はB組が使っていいって言ってたんだけど……」
陽太は右手で後ろ頭を掻き、笑顔でこう返す。表情こそ柔らかいものの、譲る気はさらさらない、というのが伝わってくる。しかし次の瞬間いたずらっぽく笑って、
「じゃあさ、合同練習っていうのはどう? 試合形式でやったらいい経験になるんじゃないかな、お互いに」
と切り出す。砂川は俺たちの方をは振り返って『どうするよ?』と顔で合図する。俺たちは顔を見合わせ数秒、とりあえず……と頷き合った。
「わかった、やろう。俺たちも体を温めたいし、30分後に始めるってことでいいか?」
陽太は笑顔のまま親指を立て仲間のところへ引き返していった。
「さて、何だかよく分からないことになったわけだが……-
「いいんじゃね〜? アンタたち結構上手くなったし、B組ともいい試合するかもよ」
「ヨーコの言う通りだよ! 試合カンも掴んでおけると本番でアガりにくくなるだろうし、まあ気楽にやろう!」
バレー部の2人がそう言ってくれたので、だいぶ気が楽になった。みんなの表情もどこか自信を感じるものになっている。
「いよぉーし! いっちょやりますかー!」
体力バカ、古川の号令と共に俺たちはアップを始めるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
「じゃ、時間もないから10点先取でやろうか。大丈夫だと思うけど、デュースはなしってことでいいかな?」
「……ああ、いいよ。サーブはそっちからどうぞ」
砂川はコートに戻ると小さく舌打ちをした。俺はコートの右後ろについた。相手のサーブは名前も知らない女子だ。
準備オーケーのブザーが鳴った。相手はボールの下を腕で叩く。ゆらゆらと高く上がったボールは俺の守備範囲をめがけて落ちてくる。
(落下点、膝を使って、打ちに行かない……)
余裕のあるレシーブはボールの勢いを上手く殺し、ボールは山なりの軌道を描いてレイのところへ飛んでいく。レイは丁寧なトスで繋いでいく。
バチンッ!!
砂川が叩きつけたボールは陽太の目の前の床で跳ねた。砂川が小さくガッツポーズを決めると同時にブザーがなり、得点板に『1』が記録される。
込み上げてくる感情。思わず俺は砂川の元へ駆け寄ったが、不思議なことに他の奴らも全員同じ行動を取っていた。
(楽しい……これ、すげえ楽しい!)
俺たちが互いの顔を見ながら気持ちのやり取りをしていると、壁際から一斉に声が上がる。
「陽太ドンマーイ! 次は拾えるぞー!」
「マグレだぞ、落ち着いていけば大丈夫!」
「さっさと次のプレー始めようぜー!」
ギャラリーは口々に陽太を励ます言葉を放つ。陽太が片手を挙げて応えるとそれだけで「おー!」「いぇー!」だのと盛り上がる。
次のサーブは宮永さんだったがアウトになってしまった。向こうにポイントが入り、喜びの気持ちを叫ぶギャラリー。宮永さんはきっと唇を結んで俯いている。
「宮永さん、気にしないで! あれは俺もやりづらいよ。さ、切り替えていこ!」
砂川が励ましたが宮永さんはどうにもやりきれないようで、彼の言葉には特に何も答えず顔を上げた。
◇ ◇ ◇ ◇
悪い流れは止められず、終わってみれば3対10の大敗だった。ギャラリーの声援は次第に熱を帯び、俺たちは試合が進むほどにやりづらさを感じながらプレーすることを強いられた。
古川なんかはほとんど気にせず「ヘイヘイビビってるゥ!」などとコート内からヤジを返していたが、完全に無視されていた。
そして誰よりプレーが乱れたのは、意外なことに宮永さんではなくレイだった。冷静さを欠き周りが見えていない様子のレイはとにかくミスを繰り返した。
「まあ、当日に初めてアレを食らうよりはよかったんじゃないの〜? プレー自体は結構良かったと思うよ〜、私は」
消沈しながらネットを片付ける俺たちを励ましてくれたのは中居さんだった。だが、気にするべきでないと頭では分かっているのに心がついてこなかった。
「皆さん、申し訳ございません。
「いや、フォローできなかった俺も悪い。どちらにしても技術が追いついてないわけじゃないんだ。本番までまだ日があるし、気持ちはゆっくり切り替えればいいさ」
俺はレイを励ましているようで、自分にもそう言い聞かせていた。
◇ ◇ ◇ ◇
「レイ、火、ついてないぞ」
「え? あ、本当ですわね……」
帰ってからもレイはぼーっとしていて危なっかしいので、たまには俺が1人で料理をすることにした。キッチンはその分広くなって、使いやすいというより寒々しい感じがする。
「はいよ、お待たせ。一緒に食べよう」
テーブルで頬杖を突いていたレイに声を掛ける。あっ、と言って立ちあがろうとするがもう食器まで準備してあることに気づき、俯きながら座った。
「いただきます。……なあ、レイ……」
「ユウ、大丈夫ですわ。少し昔を思い出しておりまして、気分が悪くなりましたの。あのように観衆が騒ぐ姿には嫌な思い出がありまして……少し聞いていただけますこと?」
(俺が聞くより先に自分の態度を示したってわけか。そう思うと肝が座ってるというか、なおさら放課後の様子は珍しいというか……)
俺を見つめるレイの青い眼には力がこもっていた。話すべきかという迷いもあったがユウには話さなければ、と吹っ切ってくれたのだろう。俺はゆっくりと頷いた。
「『アンダーソン家は悪魔と契約している』というのは以前お伝えしましたが、具体的には『アンダーソン家の娘はあらゆる才と美貌をもって生まれるかわり、18歳の誕生日を迎えたら魂を奪われる』という契約ですの。……こんなこと、信じられませんわよね」
確かに、言われてみれば深く考えてはいなかったが『娘の魂を奪われる』という契約にメリットはないはずだ。そんな契約は誰も結ばないだろう。
「つまり……レイのご先祖様は『美人で賢い娘を得る』ために『娘の魂を賭ける』って決めたんだよな? それって……メリットはあるのか?」
「それは……その、ごめんなさい。やっぱりそこに関しては詳しくお話できませんわ」
レイは青い眼を真っ赤にして涙を堪えている。俺は「いいよ、無理すんな」と伝えるつもりで首を横に振った。
「……とにかく、そういったところで観衆が騒いでいる姿に嫌悪感がありますの。今日は心構えがなかったので動揺してしまいましたが、もう大丈夫ですわ。体育祭、どうせなら優勝ですわ!」
レイは唇をニッと持ち上げて笑顔を作ったが、俺はまだまだレイのことが心配なままだった。
⬜︎ ⬛︎ ⬜︎ ⬛︎
6月9日 金曜日
3Bの人たちと練習試合をした。結果は私のせいでボロボロ。みんなで練習した日々まで無駄になったような気がしてすごく悲しかったけど、それはみんなも同じ。月曜日、みんなに謝ってまた練習に誘おう。あっ、テストが近いからダメか……。
帰ってからもユウはたくさん心配してくれた。自分のことを少しだけ話してみた。ユウはずっとうんうん聞いてくれて、やっぱり優しいなって思った!
いつか、きっと話すね。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
サッカーが好きで、俺に期待してくれていた母さん。名門、日ノ本学園で頑張ってこい! と仕事を増やして、母子家庭なのに塾にまで行かせてくれた。……俺たちはこんなに苦労してるのに、どうしてお前は簡単に日ノ本学園に入れんだよ……このゴリ押し入学が!
次回!『金森大輝の逆恨み』
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