騎馬戦なんて身長差が全ての親ガチャゲー

 電車に揺られる時間は10分そこらなのに、連日のバレーボール練習の疲れでつい寝てしまった。それも吊り革に捕まりながら、だ。



「ユウ、起きて! 狭すぎて……触れてしまいそうですわ!」



 レイが傘の持ち手で俺を小突いてくれたおかげで目が覚めた。レイの顔がすぐ近くにあって驚いた俺は後ろにいたおじさん数人にぶつかってしまった。



「す、すいません!」



 おじさんたちは慣れているのか無反応だった。



(良かった、おじさんも怒ってないしレイにも触れていないみたいだ。こんなことで触れたら今までの努力がパーだもんな)



『レイに触れると呪いがより強く伝わり、俺の魂まで奪われてしまう』



(いつも近くに爆弾があるみたいでヒヤヒヤしてたはずなのに、あろうことか寝てしまうなんて……本当に疲れてるんだな、俺) 



◇ ◇ ◇ ◇



「おいおい、障害物リレー人気すぎるだろ。なんでお前ら騎馬戦やらないんだ? 花形競技だぞ?」



(そんなもん、目立ちたくないからだろ……やりたがるのは一部の陽キャと、生まれつき背が高い勝ち組だけだ)



 金曜6限を迎えたクラスにはだらんとした雰囲気が満ちている。こういう空気感も相まってガチ勝負感のある種目は露骨に避けられていた。



「せっかくの体育祭でこういうことはあまりしたくないが……まあジャンケンだな」



 枠に収まりきらない奴らは一箇所に集められ、仕方なくジャンケンを始めるのだった。



◇ ◇ ◇ ◇



「じゃあ、騎馬戦に決まったやつは改めてメンバー確認しといてくれ。騎手1人と馬3人だから、4人ごとのチームで選手登録するからなー」



 俺は渾身のグーを見つめてため息をつき、騎馬戦の出場者が集まっているロッカーの方へ歩き出した。そこには金森と取り巻き達もいた。



「ゴ……和倉くん。君もジャンケン負けてたよね、良かったら僕たちでチーム組まない?」



 声を掛けてきたのは田中だった。苗字に違わず勉強も運動もルックスも普通という、田中に生まれる運命を背負ったような男だ。そんなことを考えていると田中が続けて



「僕の名前、田中 りょうだけど知ってた? こっちは戸田で、こっちは日比野。僕ら今3人だから、あと1人入ってくれると助かるんだけど……」



 と説明を付け加えてきた。一応、戸田も日比野も名前と顔は一致している。廊下で会っても会釈すらしない程度の間柄ではあるが。



 戸田。背は低いが運動神経は良くてすばしっこい。ネズミのような出っ歯が特徴で、一度見たら忘れないタイプの顔だ。



 日比野。縦横ともにかなり大きい。自分の体型を自分でイジる人気者。障害物リレーのパン食いに出たがっていたが、俺と共にグーで涙を飲むこととなった。



「ああ、俺も誰と組もうか悩んでたんだ。ありがとう、よろしく頼む」


「へぇ、和倉っていつも喋らないからどんな奴かと思ってたッスけど、結構普通ッスね。よろしくッス」


「よろしくぅ〜。俺ら今誰が上に乗るのか話し合ってたんだけど、和倉お願いできる〜? 戸田は小さいから不利だし、俺が乗ったら崩れるしさぁ〜」



 日比野の言う通り、この2人が適役ではないのは間違いない。しかしこのままでは俺が騎手という重責を押し付けられることになる。それはまずい。



「いや待て。田中がいるだろ、少なくとも俺に決まったわけじゃないはずだ!」



 そう言うと田中が申し訳なさそうに



「僕も乗りたいよ! でもお前は普通すぎて上に乗っても盛り上がらないから、って2人が……」



 と言った。その瞬間、妙な納得感が込み上げてくる。



「そうだな……分かった、俺が乗る」



◇ ◇ ◇ ◇



「痛ッ……おおー行った行った! よし、もう一本お願いします!」



 打ち上げたボールがレイの方へ飛んでいく。レイは柔らかなトスを上げ、砂川が相手コートにスパイクを打ち込む。鋭さはないが、なんとか三段攻撃に繋げられた。



 中居さんはボールを小脇に抱え拍手してくれる。いつもはやる気のなさそうな仏頂面が今日は少しほころんでいるように見えた。



「アンタたち、やるじゃ〜ん。特に和倉っち、才能ねぇ〜って思ってたけどよく頑張ったね。形になってきたじゃん。少し休憩にしよっか〜」



 俺たちは壁際に座りながらお茶を飲む。もう一つのコートでは西田さんが宮永さんと古川をしごいていた。



「宮永さん! 膝使って膝! とにかく高く上がれば大丈夫だからね! 古川くんもできるだけ拾いに行ってあげてね!」



 坊主頭の古川は野球部でも無類の体力バカとして知られており、今も宮永さんのレシーブを拾いに走り回っているのに楽しそうにしている。一方宮永さんはほとんど動いていないが頬は上気し肩で呼吸をしている。



(宮永さん、しんどそうだけど頑張ってるな。そこまでして勝ちたい相手って……誰なんだろ)



「ところで和倉っち、騎馬戦の大将らしいじゃん。しかも大本命のB組大将は陽太ようたくんなんでしょ? 勝算とかあるの〜?」


「いや、ジャンケンで負けただけだから、そんなもんはない。ただチームの奴らは『身長差で勝てるクソゲーを引っくり返すには知略が必要だ』とか言ってたし、これから考えようかなって」


わたくしも一緒に考えますわ。バレーボールもここまで上手くなりましたし、このまま総合優勝を狙いたいですもの」



 レイの言う通り、3Aはやる気こそないもののもともと運動の得意な奴が多く、他クラスからは優勝候補の一角として意識されていた。俺たちのバレーボールが良いところまで行けばいい結果を残すことができるかもしれない。


「和倉くん」



 宮永さんが俺の隣にトスンと腰を下ろし、水筒のキャップを回している。向こうも休憩に入ったようだ。



「陽太はムカつくけど、スポーツも勉強もかなりデキるわよ。それに男女・先輩後輩関係なく人気があるから、多分相当アウェイな戦いになると思うわ。『何とかなる』なんて呑気に構えてたら勝負にすらならないわよ」



(学年一の人気者と、学年一の嫌われ者が対戦する、ってことね……



 呼吸を整えたと思ったら、切れ味鋭い言葉をビュンビュン飛ばしてくる。そこは宮永さんらしいが、今の話には少し違和感があった。



「それは分かったけど……宮永さんってその、陽太って奴と何かあったの?」



 ……沈黙。何かまずいことを言ったかと思ってみんなの顔を見ると『あちゃー』と書いてあった。



「おいおい遊、お前人間関係知らなすぎだろ……陽太は宮永さんのふ……」


「別に。何でもないわ。ただ私が一方的にアイツを意識しているだけで、アイツは私のことなんて気にもしていないと思うわ」


 宮永さんは真っ赤な腕をさすりながら、砂川の言葉を遮るように言い切った。



(いやいや、今のを聞いて『別に何もないんだ〜』と思うやつはいないだろ……)



⬜︎ ⬛︎ ⬜︎ ⬛︎


5月26日 金曜日


 今日はユウが騎馬戦のメンバーに選ばれた! どうやら他のクラスのヨータという人と当たる可能性が高いらしい。手強い相手みたいだけど、ユウならきっと大丈夫のはず。


 バレーボールもすごく頑張ってる。最近あまり腕が赤くならないのは上達の証! 自分のことのように嬉しい。






⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎



 体育祭も近づいてきたある日。いつものように体育館で練習を始めようとすると、そこには先客が……。突如始まる合同練習、レイに近づく完璧陽キャ……何でこんなことになったんだ!?


 次回!『練習してるだけで女子にキャーキャー言われる奴、見たことない』




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