半袖でレシーブしたら痛いのは当然だ
「痛ッ! 痛いです! 一旦ストップー!」
「甘えんなーッ! 和倉構えて! もう一本!」
夕方の体育館に西田さんの怒声とバレーボールが飛んで、その両方が俺に突き刺さる。黄色と青のバレーボールは俺の両腕を真っ赤に染めていた。
「てかさぁ、和倉っち下手じゃね? ウチらもアンタに勝ってもらわないとダルいんだけどぉ。金森みたいな奴、調子に乗ってるとウザいんだよね」
中居さんは肩まで伸びた毛先をくるくる遊ばせながら悪態をつく。色の抜けた髪は西陽を受けて金色に光っている。
(俺はもともと運動は苦手なんだよ……! こいつら手加減ってもんを知らないのか?)
◇ ◇ ◇ ◇
西田さんと中居さんによる特訓が始まって30分。なんとか休憩を許してもらい、お茶を飲んでから体育館の隅で寝転がる。ひんやりとした床が気持ちいい。
「ユウ、冷たいお茶ですわ。腕を冷やすのにも使えるかと思って買ってきましたわ」
レイは俺のすぐ側に膝をついてペットボトルを置いた。腕に当てると結露した水滴が赤く腫れた部分を冷やしてくれる。顔を上げるとレイが金色の眉を下げて俺を見つめていた。
「大丈夫、ありがとう。しかし恥ずかしいところを見られたな。でも腕が痛くなるのは当たり前だと思うんだけど……」
「和倉ーッ! 聞こえてるよ! 腕が痛いのはアンタが下手だから! そっから砂川の腕見てごらんよ」
西田さんは砂川に強烈なサーブを打ち込みながら俺をなじる。確かに砂川は俺より多く球を受け止めているはずなのに涼しい顔をしていた。
(砂川といいレイといい、運動神経が良い奴らはいいよな。コツをつかめばすぐにできるんだから。世の中不平等だぜ全く)
「和倉っち、次アンタの番。砂川も下村もスジが良いからすぐに良いプレーできるようになるかな〜。でも、アンタはてんでダメ。綾があっちで特訓してやるってさぁ〜」
中居さんから死の宣告に等しい通達を受けた俺は、ボールを地面に叩きつけている西田さんの元へ歩き出さざるを得なかった。
「ほら行くよ! 構えて構えて!」
西田さんのサーブは猛烈に回転しながら、正確に俺の胸元に向かって飛んでくる。さすがのバレー部といったところだが、もう少し緩いボールを打つことはできないものか。
バチンッ! と音を立てて力なく浮き上がったボールは体育館の床に二、三度跳ねて転がった。俺の両腕にはくっきりと跡がつき、ヒリヒリと痛む。しかしそれでも俺はボールを拾って西田さんに投げ返す。
「ありゃー、結構軽く打ってるつもりなんだけどな。大丈夫?」
「ああ、まだまだ頼む。こんなんじゃ試合にならないからな」
「へぇ、意外とガッツあるねアンタ。一つアドバイスだけど、身体ガチガチに固めすぎだよ。砂川みたいに膝とか上手く使ってみな。あとは打ちに行かずに落下点で待つ感じ」
「……え? 膝で落下点を打ちに行くなってこと?」
アドバイスを整理する間もなく次のサーブが先ほどと同じところへ放たれる。またも破裂音を響かせながらゆらゆらと上がっていくボール。だが、腕の痛みはあまり気にならなかった。
(膝を柔らかく使うって……こうか? 腕は打ちに行く感じじゃなくて、こう……)
◇ ◇ ◇ ◇
「はい、どうぞ。これで腕を冷やすといいですわ。私はお夕飯の準備をしてきますわ」
レイが氷のうを作って持ってきてくれた。俺はソファに寝転がりながら受け取り腕に当てる。冷やされたことでヒリヒリする感覚がだんだんと麻痺してくる。
結局、下校時刻の18時まで練習に付き合ってもらった。正直、腕は痛いしスパイクのジャンプはキツいしサーブは打っても入らないしで、心は何度も折れかけた。
(でもレイや砂川、付き合ってくれた2人の顔を見てると『まだ頑張れる』と思えたんだよな。……おかげで今は全身へとへとだけど)
その時スマホから通知音が鳴る。美希からの連絡だった。
『聞いたよ〜、今日バレーの練習してたんだって? めっちゃハードだったみたいだね……大丈夫?』
それに続けて毛足の長いネコが『大丈夫?』と首を傾げているスタンプが届いた。
(美希……『あれ』から学校では特に話してないけど、本気なのかな)
勉強会の帰り際、彼女が言った『立候補』という言葉。どう考えても『彼女候補に名乗りをあげる』としか思えないが、どうしてそんなことになるのか分からない。
それに美希のステータスは相変わらず『友人』にはならない。友達でもないのに……彼氏彼女になろうなんて考えるのだろうか。生まれてこの方、彼女なんていたことのない俺には分からなかった。
『しんどかったけど頑張った。俺、負けず嫌いなとこあるから。おかげで今全身痛くて動けない〜』
白い顔の人がうなだれているスタンプを添えて返信した。このことを考えると何だか頭がぼんやりして考えがまとまらない。ソファの上で寝返りを打つと氷のうが頬に当たって少しシャキっとする。
思い返せば3年生になってもう2ヶ月、前の俺からは考えられないほどにたくさんの人と付き合いができた。楓馬、間宮、重田。
女子になんて話しかけることもできなかったのに、真里愛、美希、星川空、宮永さん、……そして、全ての始まり、レイ。
(俺は……美希のことが好きなのか? それとも……。いやダメだ、こういうことに疎過ぎて自分の気持ちさえ分からん)
腕を冷やしながら何となく窓の方を見た。既にほとんど日は落ちていて、駅近くのネオンがうるさく光り始めていた。黒い窓に映る俺の顔はぼーっとしていて覇気がなかった。
「ユウ、お食事の準備ができましてよ。今日はお疲れのようですから、元気が出るよう生姜焼きを作りましたわ!」
それを聞いて俺の腹はぐうぐうと鳴り始めた。最近レイはネットでレシピを調べて再現するのにハマっているらしく、キッチンからは生姜と醤油の香りが漂ってきた。
「ああ、ありがとう! 今行く!」
金森との賭け、俺の気持ち、『試練』のこと。考えなければいけないことはたくさんあるが、レイと向かい合っての夕食にそういう面倒ごとは持ち込みたくない。ただ素直に、目の前で湯気を立てる肉と、満足そうにニヤリと口元を上げたレイの表情をゆっくり味わうことにしよう。
⬜︎ ⬛︎ ⬜︎ ⬛︎
5月24日 水曜日
早速バレーボールの練習! ということで話していたら、バレー部のナカイさんとニシダさんが手伝ってくれた。さすがはバレー部、教え方も上手くてとても楽しかった。
ユウは腕がぱんぱんに腫れていて、見てて可哀想なくらい。元気が出るようお肉を焼いたり氷を用意したりしたけど、無理しないでほしいな。
でも、諦めないで頑張ろうとするユウを見てたら、やっぱりこの人を選んで正解だって思った。えらいぞ! 過去の私!
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
体育祭2日目の競技決め。運動が苦手な俺は障害物リレーで迷惑をかけずにいようと思っていたが、ジャンケンで負け続けた結果、花形競技の騎馬戦に出ることに……。
次回!『騎馬戦なんて身長差が全ての親ガチャゲー』
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