結果じゃなく努力こそが美しいとか言うの、うさんくさい①

 体育祭の1日目は競技ごとのトーナメント戦で、体育館やグラウンド等の各場所でそれぞれのチームが戦う。高等部の1〜3年は同リーグなので初戦から1年 VS 3年というカードも遠慮なく組まれる。実際ジャイアントキリングなどはほとんどなく、試合が進むほどにフィジカルと熱意で優位に立つ高学年だけが残っていくシステムだ。



 実際、バレーボールでも俺たちは危なげなく勝ち残った。そもそも放課後に残って練習していることが珍しい、というレベルなので当然と言えば当然だった。



「おおー、やってるやってる! マリアちゃん、レイちゃん、応援にきたよ〜!」



 間宮と美希が手を振りながら体育館に入ってくる。続いて3Aの仲間たちもゾロゾロと現れる。



「もう3Aで残ってるの、バレーボールとソフトボールだけだからねぇ。みんなで応援に来たんだ〜。頑張ってね〜、ユウくん!」



 美希は俺の腕を取って、抱きしめながらエールをくれた。半袖の体操着越しに、柔らかい感触が伝わってくる。



「わ、あ、ありがと美希」



 慌てて離れる俺。しかし美希が「私、本気だよ」と囁く声が聞こえてしまい、心臓の音はドクンドクンと速くなっていく。



「おおー! 頑張れよー!」

「陽太! 絶対勝てー!」

「頑張ってねー! きっと勝てる!」



 にわかに盛り上がりだした体育館の雰囲気で、俺は正気を取り戻すことができた。準決勝でついに宿敵、3Bとぶつかることになったのだ。



 反射的にレイの方を見ると、目が合った。



(大丈夫か、いけそうか?)


(ええ、なんとかやれそうですわ)


 見つめ合って、頷き合う。それだけで互いの気持ちが分かるような気がした。思えばレイが来てから3ヶ月、毎日一緒にいるんだな。



◇ ◇ ◇ ◇



 試合はかなりの好勝負でラスト1セットを争う展開となった。強敵3Bとここまで戦えているのは、主に宮永さんとレイの奮戦のおかげだったと言える。



 レイは合同練習より激しさを増す相手の応援に負けないように、珍しく大きな声を出してプレーしている。宮永さんに至っては、日頃のクールな様子からは想像できないようほどに熱くなっている。



 ネット際で落ちそうなボールに対し、体勢が崩れるのも構わず思いきり飛び込んだり、陽太の強烈なサーブにも臆せず腕を出したり、ポイントを決めればガッツポーズを決めたり。クラスメイトは意外に思いながらも熱意あふれるプレーを認める思いの方が強かったのか、3A側からも大きな声援が届いた。



 そして迎えた最終セット。体力バカの古川がレシーブミスを拾い続けたおかげで接戦。しかし俺たちは終盤で集中力を欠き連続ポイントを許してしまう。現在、16-20で3B有利。



「オッケー! 相手弱ってるよー!」

「陽太狙ってけー!」



 陽太の強烈なサービスを止められなかったレイ。下品な観客たちの野次は彼女を狙い始めた。レイの表情がみるみるうちに強張っていく。



「あ、あ……そんな……」


「大丈夫だよレイさん! 俺たちがついてる、上げてくれれば何とかする!」



 砂川が前衛からレイを鼓舞し、他のメンバーも頷きでエールを送る。俺も一声掛けたくなって、



「レイ、大丈夫だ。俺がいる、お前ならできる」


(うわ、なんからしくないこと言ってるな俺)



 ピッ。プレー再開を促す笛が鳴る。陽太は床にボールを打ちつけ、観客はサーブの瞬間を静かに見守る。俺たちは腰を低くして構える。



 ボッ、と風を切る音と共に剛球がレイの腕目がけて飛んでいく。レイは反応が一歩遅れて体勢を崩し、打ち上がったボールは体育館の壁に向かって高く浮上する。



(あぁ、間に合わない。悪い流れが切れない。このまま押し切られる)



 心とは裏腹に動き出す足。壁とボールを交互に見ながら、落下位置に向かって走り込む。壁が迫ってくるが走らないと間に合わない。



 ボンッ。壁に膝をぶつけて倒れ、天井を見上げる。視界にはコート内に戻ろうとする青と黄の球体が見えた。



「よぉし! 遊ナイスッ!」



 砂川が声を上げ相手コートにボールを返す。チャンスボールだが仕方ない。俺も早くコートに戻らないと……。



 しかし3Bの奴らも甘くない。陽太の運動神経を生かしてツーアタックを決めてくる。当然俺は間に合わず、守備に穴がある3Aは得点を許した……と、思われた。



「来ると思ったわ!」



 陽太の狙った先をピンポイントで守っていたのは、宮永さんだった。よろけ気味に打ち上げたボールはよろよろとレイの方に飛んでいく。



「上げてくれ! 何とかする!」


「レイ、大丈夫だ! 行ける!」



 砂川と俺が同時に叫ぶ。レイはこわばる身体を何とか動かしてトスを上げるが、微妙にネットから離れてしまう。そして、俺にとってはそれがちょうど良かった。



「いけーっ!」



 思わず叫びながら跳躍、後悔しないよう全力で振り抜いた右手はボールの芯を捉え、偶然決まったバックアタックは相手コートのライン際に突き刺さった。



 一瞬の沈黙の後、大いに盛り上がる3A陣営。負けじと励ましの声を上げる3B陣営。館内の熱気は最高潮に達している。



「やったな! オイ!」


 古川が俺の背中をバチンと叩いて声を出す。体育会系のノリは嫌いだが不思議と悪い気はしなかった。続いて砂川、真里愛、宮永さんまで駆けつけてハイタッチ。仕方ないことだが、レイが拍手しかしてくれないことに寂しさを覚える。



「よーしみんな! あと8点、このまま一気に取るぞ!」



 砂川の気合いに右手を挙げて応える。流れは完全にこちらに向いている。いける!



◇ ◇ ◇ ◇



「22-25で、3Bが2セット獲得。よって勝者、3B!」



 ネットを挟んで向かい合い「ありがとうございました」と頭を下げる。劇的なバックアタックの後、多少盛り返したものの結局シーソーゲームに勝ち切れず、俺たちは準決勝敗退となった。



「君たち、すごかったね。息もピッタリだし……なんかちょっと、いいなあ」



 ネット越しに陽太が話しかけてきた。俺とレイのことを言っているらしい。



「ふん、俺はお前ほど器用じゃないんでね」



 陽太は眉間に皺を寄せ、無言で睨んできた。嫌味のつもりで言ったとはいえ、思ったより効いてしまったらしい。



 コートを出ると3A陣営は拍手で迎えてくれた。



「下村さん、ガッツあるね! よく上げてたよー!

「宮永さんすごいね! 読んでたの? 陽太くんのアレ!」

「砂川と古川がいなかったらストレートで負けてたよな、お疲れ」



 俺はタオルを拾って汗を拭き、水筒の中身を勢いよく飲み干した。氷が溶けて薄くなっているが、味なんて分からないから何でも同じだ。



「ってか、和倉くんって……アツいんだね」

「思った! この壁まで走ってきてたよね」

「なんか結構印象変わったかも!」



 俺に気づいているのかいないのか、後ろで女子たちが話しているのが聞こえてきた。俺はどうすればいいのか分からず、聞こえないフリをすることにした。



 ついでに女子たちの名前を調べようと思って脳内名簿を呼び出すと、幾つもの『友人通知』が届いている。



(こんな気持ち……初めてかもしれない。誰かに認めてもらえるのって、こんなに嬉しいのか……)



 ニヤついた顔を見られまいと、人のいない方を探してキョロキョロ辺りを見回すと、金森と目が合った。金森は俺を睨んだ後、さっさと体育館を出て行った。



⬜︎ ⬛︎ ⬜︎ ⬛︎


7月13日 木曜日


 体育祭1日目! たくさん練習したおかげで、準決勝まで勝ち進めた! 3Bには負けちゃったけど……。


 途中、嫌な記憶が蘇ってきて動けなくなっちゃったけど、ユウのおかげで立ち直れた。私のレシーブミスも返してくれた、やっぱりいざというときは頼れるなあ。バックアタックのトスも、ユウに上げるしかない! って思ったら上手くいったし、勝てなかったけどたくさん思い出が作れた、いい1日だったな。


 明日は2日目! 私はリレー、ユウは騎馬戦頑張ろう!




⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎



 1日目でバレーボールが健闘、ソフトボールが優勝! そのおかげで総合優勝も見えてきた3Aだったが、騎馬戦でまたしても3B、いや、陽太と当たってしまう。ジャンケンで選ばれたメンバーと戦う大将戦、俺たちに勝ち目はあるのか!?


 次回!『結果じゃなく努力こそが美しいとか言うの、うさんくさい②』

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