『勉強会』は結局『おやつ会』になりがち
「おおー、広いな! こんなとこに1人で住んでんのか! 俺にも一部屋くれよー」
楓馬は玄関を開けるなり目を輝かせてそう言った。他のみんなも口々に「うわー」だとか「すごーい!」だとか言っている。レイは腰に手を当て「えっへん!」とでも言いたげなポーズをしていたので慌ててやめさせた。
「おい、変なことするな! 内緒にしたいって言っただろ!」
「だって、ユウが皆さんに評価されるのが嬉しいんですもの。このくらい平気ですわ」
みんなが夢中でリビングを見ている隙にヒソヒソと説教するがレイはこの調子だった。
今日の勉強会に集まったのは三田さん、宮永さん、美希、楓馬、そして重田。俺とレイを合わせて計7人の参加だった。
「お菓子とジュース買ってきたから、みんなで食べよ〜。ユウくん、お皿とコップおねが〜い」
「あ……私もクッキー焼いてみたんだ。良かったらみんなで……」
美希と三田さんが持ってきたお菓子を皿に盛ると途端にパーティー感が出て、みんなの気分が和んだのが感じられた。
「おお〜、これは最近話題の新作! ゴリさんはゲームもするんですねぇ、お金持ちは何でもすぐ手に入って羨ましいですねぇ」
「昭充、お邪魔しといて失礼だぞ。あと遊のことそんな風に呼ぶのもやめろ」
「そうですねぇ、砂川さんの言う通り、仲良くしておいて損はないかもしれませんねぇ。先ほどはすみません、和倉さん。ところでお手洗いをお借りしても?」
「あ、ああ。別に良いよ。玄関の近くにあるから探してくれ」
重田はひょいひょいと手を動かしながら人の間を縫ってトイレを探しに行った。
◇ ◇ ◇ ◇
「さあ、勉強会というものを始めましょう! まずは何からすればよろしいんですの?」
「みんなは何か苦手な教科とかある? 私はとりあえず数学……和倉くんって数学得意だよね? 教えてくれたら嬉しいんだけど……」
「あー! マリアちゃん抜け駆けはダメ〜。ユウくんには私が教えてもらうんだから。はい、ユウくんまずはジュース入れてあげる」
レイがノートや教科書を並べている一方で三田さんと美希はそんなにやる気がないのか、わちゃわちゃと話してばかりいる。宮永さんに至っては勉強用具を出す素振りもなくただ正座している。
「あの〜、ちょっと色々部屋見させてもらってまして、洗面所に歯ブラシが2本あるのって何でですかねぇ? お金持ちってそういうものなんですかねぇ?」
「な、なんで!? っていやホラ、俺わりと潔癖なとこあるっていうかさ、朝と夜では硬さを変えたい派ってあるじゃん? いや、親がそういう感じでさ〜」
「なんだ、遊はもう彼女いるのか。歯ブラシを用意する関係なんて……なかなかすごいな。オレ、完全についていけないぜ」
男たちはというと重田が勝手に部屋を開けまくったらしく、俺への追及が始まっていた。
(レイの部屋まで見られたら終わってた……危なすぎる。明日には業者を呼んで鍵を取り付けてもらおう)
そんなことを考えているとバン! と机を叩く音がして、全員が静かになった。音を出したのは宮永さんだった。
「彼に勝つために何か得られるものが有ればと思って参加したのですが、どうやら私は場違いのようね。和倉くん、ありがとう。つまらなかったわ。それじゃ」
宮永さんは淡々と言い放つと鞄を持って立ち上がり、ロングヘアをなびかせながら玄関の方へ歩いて行った。止めた方がいい気もしたが、結局その場にいた誰も動かなかった。
「……まあ、勉強するか。もともとの目的だったわけだし」
俺がノートを広げたのをきっかけに、各々無言で勉強用具を準備し始めるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
「う〜ん、もうだいぶ頑張ったよ!」
三田さんが上体を反らしながら両腕を上に伸ばす。うむ、いいポーズである。
時計の針は5時を指していた。昼過ぎに集まったので、休憩を挟みつつもだいたい4時間は勉強したことになる。
「そろそろ解散ですかねぇ、やぁ〜今日は和倉くんとも仲良くなれたしいい日でした。砂川くん、誘ってくれてありがとうございます」
そういうと重田は立ち上がり、皿やコップをまとめてシンクに運ぶ。ピッと伸びた背筋に清潔感を覚える。
(嫌な奴なのかいい奴なのか……まあ結局、変な奴って感じか。もうステータスも『友人』になってるし。人によって友達ってものの感覚が違うってことだよな)
みんなが立ち上がってさあ解散、というところで美希が近づいてきて、こっそり
「ユウくん、さっきチラッと聞こえたんだけど……彼女いるの〜?」
「い、いやいや! 本当全然そんなことないから! あれはもう気にしないで!」
そっか、と言ってみんなのいる玄関を向いた美希。しかし突然振り返って、俺の耳元で
「私、立候補してもいいかな? 真剣に」
と囁いてきた。いつものとろんと下がった目ではなく、まっすぐ俺を見つめる瞳。
「……え? それって……」
俺が目を丸めてボンヤリした返事をしている間に、美希はさっさと玄関のみんなと合流していた。靴を履く横顔はいつもの美希と同じように見えたが、ピンク色のピアスが光る耳が真っ赤に見えたのは夕陽のせいじゃないかもしれない。
◇ ◇ ◇ ◇
「言われた通りコンビニで買い物すると言ってみなさんと別れて来ましたわ。それにしても、勉強は1人でするのもいいけれど、みんなでするのもいいですわね」
レイと並んで夕食の準備をするが、どうしても美希の真剣な表情が頭から離れず全く集中できなかった。
「あの、ユウ……それ今から使おうとしておりましたのに、濡らしてしまっては使えませんわ」
「うわ! あ、ごめん……ちょっと考え事しててさ、すぐ拭くから」
レイはじっと俺の顔を見つめた後、小走りにリビングへ移動し、持ってきたブランケットを肩に掛けてくれた。
「きっと勉強会で疲れているのですわ。さ、今日はもう横になって。何か温かいものでも作って差し上げますわ」
「ああ、ごめん……そうさせてもらうよ」
俺はソファーにごろんと寝転び、玄関に続く廊下を眺め、独り言した。
「あれって……そういう意味、だよな……」
⬜︎ ⬛︎ ⬜︎ ⬛︎
5月3日 水曜日
今日からゴールデンウィーク、らしい。しばらく学校はお休みなので、家で勉強会! ミヤナガさんは途中で帰ってしまった。何か失礼でもしてしまったのかな……怒らせてしまったなら謝りたい。
ユウも何だか疲れているみたいだったので玉ねぎのスープを作った。今まで1人で作っていたのに、今日はユウが隣にいないと何だか物足りなく感じた。寂しいので早く元気になってほしい。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
テストを無事終え、カラオケにやって来た俺、レイ、三田さん。すっかりいつメンと化した俺たちである。そして次の行事である『体育祭』の準備が始まるところで、金森の奴が……。
次回!『カラオケは採点モードON、一択だ』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます