アイドルは、会えないからこそアイドルなのだ

「やーっと遊ちゃんと同じクラスになれた! 今年は高校生活も楽しめそうだー! できるだけスケジュール合わせて登校するから、みんな仲良くしてね!」



 なぜか星川は俺の席に近づいてきて小さくジャンプ。喜びを爆発させた。はじけるような笑顔、聞く人を元気づけるような声、ダンスにも表れる機敏な動き。どれもテレビの中で観る『星川ほしかわ そら』そのものだった。



◆ ◆ ◆ ◆



 今日は学園の周りに人が多い気がする。カメラやメモ帳を準備している人、行き交う車を一台一台確認している人、ライブ放送でもしているのかスマホに向かって喋る人。



「ユウ、これはどうしたんですの? 何だか学校の周りが賑やかなようですわ」



「ああ、今日は多分『ヤツ』が来るんだよ。そういや今年は同じクラスだったような……」



 そこで俺は、『試練』の大きな壁となりうる存在を忘れていたことに気づいた。



 星川 空。ちょうど2年ほど前にダンスの大会か何かで優勝し、「可愛すぎるダンサー」としてSNSでバズる。それをキッカケに映画やドラマにも出るようになり、気がつけば完全に雲の上の存在になっていた。



 ……だが、そんなことはいい。今、最も大きな問題。それは……



(年に数回しか登校しない激レアキャラと同じクラスとか……どうやって友達になれってんだよ……!)



 俺はレイとはぐれないようにしつつ、半ばヤケクソになりながら星川を見ようと待機する野次馬たちをかき分け進んだ。



◇ ◇ ◇ ◇



「えー、今日は星川が出席するとのことで外が騒がしいことになってるが、お前たちは気にするな。というか、出来ればアイドルとしてじゃなく、普通にクラスメイトとして接してやれ。星川に『学校』を体験させてやれるのは、お前たちだけなんだ」



 大川は珍しく真剣な調子で話している。なんだかんだ生徒からの人気もあるらしいが、その理由が垣間見えた気がした。



 そして1時間目が始まり20分くらい経った。外の野次馬もだいぶまばらになっているようで、朝よりずっと静かになったと思ったそのとき、教室のドアが勢いよく開いた。



「すみません! 3年A組、星川空、寝坊しましたー!」



 聞く人を元気づけるような明るい声が教室内に行き届いた。半分寝かけていた奴らも目を覚まして入り口の方を見る。



「えーっと、あたしの席はどこかな〜」



 と教室の中をスキップするかのように軽やかに歩く。ポニーテールも一緒に弾む。クラスの全員が見てしまっているのは悪目立ちしているからではなく、アイドル特有のオーラのせいだと分かる。



「やーっと遊ちゃんと同じクラスになれた! 今年は高校生活も楽しめそうだー! できるだけスケジュール合わせて登校するから、みんな仲良くしてね!」



 なぜか星川は俺の席に近づいてきて小さくジャンプ。喜びを爆発させた。はじけるような笑顔、聞く人を元気づけるような声、ダンスにも表れる機敏な動き。どれもテレビの中で観る『星川ほしかわ そら』そのものだった。



「は? ゴリって星川と仲良いの?」

「金の力っしょ、おぼっちゃまは違うよな」



(カスどもがザワザワとうるさいが、俺自身まるで心当たりがない……星川と俺に接点はないはず……)



 不思議に思いながら友好度をチェックすると『みなみ 空 ステータス:友達』という文字列が脳内に浮かぶ。



「南……?」



 俺の呟きを聞いた星川の表情は一際輝きを増した。この眩しい笑顔に心を打たれない男子はいるだろうか。いや、いるはずがない。



「えー! 覚えててくれたんだね! あの時は本当にありがとう、遊ちゃんのおかげで私……」



「オホン! 授業中ですのでね。そろそろよろしいですか? では話を戻します。えーこの表現は反語、共通テストでも頻出となりますので忘れていたと言う人は……」



◇ ◇ ◇ ◇



 それから星川は授業が終わるたび人に囲まれており、俺との会話はあれ以降特になかった。彼女との因縁を思い出せていない以上あまりボロを出したくなかったので、俺としても好都合だった。



 帰りもマネージャーらしき人に連れられ俺たち一般生徒とはタイミングをずらしての下校だった。が、教室を出る前に俺を見てウインクを飛ばしてきた。いたずらっぽさ満載の表情にドキッとして、つい揺れるポニーテールを目で追いかけてしまった。



「彼女、可愛らしいですわね。ユウと昔何かあったようですが、何も覚えてはいないのかしら? 色男は罪深いですわね」



 そんな俺に質問するレイは細い目で見つめてくる。どこか言葉にトゲがあるような気もするが、特に悪いことはしていないはず……。



「いや、だって忘れてんだからしょうがないだろ。それに『会えないからこそアイドル』なのに、さすがに会ったら覚えてるはずだし。あのオーラと可愛さ、忘れるはずないと思うんだけど……」



 レイの質問に答えたつもりだったが何が不満だったのか、彼女はそっぽを向いてしまった。高い鼻をツンと上向けて縦ロールが揺れる姿は、ツンデレお嬢様の見本のようだ。



「さて、じゃあ俺たちも帰るか」



 と言って席を立とうとした瞬間、



「おいテメェ、ゴリ。上級国民にも程があんだろ。星川空と知り合いだなんてよお!」



 と言う怒声とともに肩を掴まれ引っ張られる。驚いて振り向くと、金森のデカい顔が目の前にあってまた驚いた。



「親の金で調子乗ってんじゃねえよ。お前には何の力もないくせに」


「そうだそうだ! このヘボマッシュ!」



 今日は取り巻きの小野と……誰だったか、とにかくもう2人ついてきて一緒に難癖をつけてくる。デカい金森の後ろでポケットに手を入れている小野たち。ジャイアンとスネ夫かよ、とツッコミたかったが自分がのび太になることに気づき、やめた。



(チッ……面倒くさい。俺だって何のことかサッパリだってのにこんな奴らまで現れて。あーはいはい、いつも通り無視無視)



 俺が肩を掴む金森の手を押し退けようとしたが、先客がいた。既に金森の太い手首にはレイの白い指がギッチリと食い込んでいたのだ。



「この世に親を選んで生まれてくる者はおりません。自身の生まれを呪うならばいざ知らず、他人の生まれにとやかく口を出すなど愚かの極みですわ! 恥を知りなさいッ!」



 瞬きひとつせず金森を睨みつけ一喝するレイ。声は震え、奴の手首を握り込んだ指にはますます力が入っている。



 一瞬の沈黙のあと、



「う、うるせえ! テメェも良いとこの生まれだろ! そんな奴らに何が分かる……クソッ、覚えてろよ!」



 金森は顔を真っ赤にして言い返し、教室の床をドスドスやりながら廊下へ出て行った。取り巻き達は少し慌てた様子だったが、すぐに金森の後を追いかけて行った。



「や、やるなレイ。あんな風に大声を出すなんて結構意外だったぞ」



「ちょっと……許せませんでしたの」



 上擦った声でそう語るレイの瞳は涙ぐんでいて、俺は思わず肩でも撫でようかと思ったが


『触れると貴様の魂も賭けることになる』


 という悪魔の言葉を思い出し、とどまった。



◇ ◇ ◇ ◇



 俺が野菜を切っている間に、レイは米を研ぐ。あの日以来、食事の準備は何となく共同で行なっている。キッチンは1人の時より狭くなるが、互いに文句は言わなかったからだ。



 肉と野菜を炒めてから鍋に移し、ルウと共に煮込む。母さんがどこかの国で買ってきたスパイスを適当に選んで入れていく。レイはくんくんと匂いをかぎ、案の定むせていた。



「いただきます」



 俺にはレイに伝えておかなければいけないことがあった。レイにはもう分かっているかもしれないが、それでも伝えないと。食事をしながらだったら話せるかもしれない。



「なあレイ……ちょっと聞いてくれるか?」



 レイはカレーを掬う手を止め無言でこちらに目を向ける。言葉はないが、不思議と受け入れてもらえる気がする、そんな笑顔で。



「俺が呼ばれてるゴリ、ってやつ。あれ『ゴリ押し』って意味なんだ。日ノ本学園の入試って結構厳しくて学力以外に体力や芸術があって、何とか努力して合格したんだけど入学したら金森と同じクラスで。



 初めての体育の時、慣れない一人暮らしで疲れてたのか全然走れなくて。そしたら金森が『こんなにできなくて合格するはずない、親の金で入ったんだ、ゴリ押し入学だ』って騒がれて、気づいたら誰とも話せなくなってて……」



 恥ずかしい思いを堪えて話し始めると、止まらなかった。今までせきとめていた何かがどんどん溢れてくるようで、俺は次々話してしまった。レイは微動だにせず聞いてくれていた。



「あ、あの……大丈夫? 俺、一気に話しすぎてない?」



 そう聞くとレイはふふっと笑って返事した。



「ユウの魅力が皆さんに伝わってないようで残念ですわ。ユウはとても優しくて、勇気があって……」



 そう言いながらレイはだんだん俯いていった。顔も赤くなってきている。



「だ、大丈夫か? 顔赤いぞ?」



「大丈夫じゃありませんわ! 鏡を見て参ります!」



 レイは食べかけのカレーを置いたまま洗面所に向かってツカツカと歩いて行ってしまった。





⬜︎ ⬛︎ ⬜︎ ⬛︎


4月27日 木曜日


 現役アイドルのホシカワさんが初めて学校に来た。とてつもない人気で驚いた。ドラマとやらの撮影で夏までは相当忙しいらしく、学校に来るのは秋からになるらしい。それまでは他の人と友達になっておこう。


 ユウが自分のことについて話してくれた。家のことで思い悩んでいたなんて、思わぬ共通点かも。


 ユウが私の『鍵』になったの、運命かもね、なんて。




⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎



 

 勉強会の日。空気が読めない変な奴、重田も加わってスタートしたものの一向に始まらず、怒って帰ってしまう宮永さん。そして美希は真剣な表情で、俺に……!?


 次回!『勉強会は結局おやつ会になりがち』

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