バーベキューは是非とも炭火でお願いしたい②
美希が見知らぬ男たちに絡まれている。掴まれた腕を振りほどこうと抵抗している。
いつもの俺なら見て見ぬふり、だったかもしれない。でも今はどうしようもなくイライラしていて、だからああして楽しい場で人に迷惑をかける輩が許せなくて、俺は美希の方へと歩き出していた。
「あの、その子嫌がってますよ。やめましょうよ」
「え……うそ、ユウくん!?」
美希は俺の登場に対して、安心というより驚きの表情を見せた。美希に声を掛けていた男の片割れが近づいてきた。
「よう、君この子の彼氏? いや〜この子つまんなそうにその辺歩いてたから声掛けたんだわ。多分、お前といるのが楽しくないんじゃね?」
もう1人の男は美希の側で両手をポケットに突っ込み、げらげらと下品に笑っている。
「いや、彼氏じゃありませんけど。そういうのいいんで、返してください。その子がいないと……」
(困るんで、は違う。寂しいんで、も違う。じゃあ……ああもう言葉が出てこない、もう何でもいい)
「その子がいないと……ダメなんで」
「おいおい、惚れてんじゃんお前! そんで勇気出して取り返しに来たってわけだ! いや〜、でも世の中そんなに甘くないよ?」
男はヘラヘラ笑っている。
(どいつもこいつも好きだの惚れただの……こっちはイライラしてるってのに!)
「違うって言ってんだろ! いいから返せよ!」
勢いに任せて大声を出すと周りの人たちが一斉に俺たちの方を見た。ムービーの撮影音も聞こえる。修羅場を見ればすぐ撮影とはいけ好かない輩だが、この場を収めるには効果てきめんだった。
「おい、行こうぜ。目立ちすぎてるし、こいつにこだわる意味ないだろ」
「チッ、どけよガキ! おい、撮ってんじゃねえぞ!」
男たちは俺を突き飛ばし、腕で顔を隠しながら悪態と共に去って行った。観衆の視線がそちらを追っている隙に、
「美希、俺たちも戻ろう」
と腕を引いて小走りにその場を去った。美希は何も言わずに腕を引かれてついて来た。
(グイグイくる子だと思ってたけど、怖さで固まってるみたいだ。結構繊細なところもあるんだな)
◇ ◇ ◇ ◇
「みんな、聞いて〜! さっき怖い男の人に声掛けられちゃったんだけど、ユウくんが助けてくれたの! ユウくんて頼りになるんだね!」
みんなのところに戻ると美希は俺に体をくっつけながら、さっきの出来事を伝えた。
(そんな話より、今はこの腕から伝わる『幸せな柔らかさ』を、全身全霊で感じなければ……!)
「おー、マジかよゴリっち! ガッツあんじゃん!」
間宮がタレしか残っていない紙皿を持って立ち上がる。「ウィ〜」と言いながら拳を突き出している。いつもなら無視の一手だが、今はヒーローのような高揚感に浸っているのでグータッチで応えた。
「そ、そうだね! 和倉くん、ケガしてない? 私、消毒とばんそうこうならあるよ!」
三田さんがポケットから小さなポーチを取り出して俺の腕を取ったので、例のボーナスステージは終わってしまった。俺を心配してくれるのは嬉しいが、ケガをしていると決めつけられたのはちょっと心外だ。
(俺、頼りなく思われてるのか……?)
なんとなく、イライラした気持ちの原因が分かってきた。俺は、レイに……。
「美希さんもお怪我はありませんこと? このように平和な世界でも、一人歩きは危険ですのね。勉強になりましたわ。それにユウも。あまり無理して怪我をしてしまってはいけませんわ。もっと自分を大事に……」
「なんだよ! 俺はそんなに頼りないか! この前だって無理するな、とか言って……『もっとこうして』とか、『あなたがしっかりしないと』とか言えよ! ……俺だって分かってるんだよ。このままじゃダメだって……変わらないといけないって!」
心の中をぶちまけた俺を、みんなは黙って見つめていた。
(……やっちまった。どうすりゃいいんだ、この空気)
「はい、はい! みんなー思い出して! 今日俺たちが何しに来たのか! 和倉くん、菊田さん、お肉食べてないでしょー! はい肉欲しい人、集合集合!」
砂川がトングで掴んだ肉を掲げてみんなを呼んだ。間宮が、三田さんが、美希が、そして俺とレイも砂川のところへと集まった。
「ほい、肉、焼きたてね! こっちは脂多めだけど、三田さんそっちのが好き? あーおっけおっけ、待て間宮そっちはまだ焼けてない。おーい、和倉くんこっちこっち!」
みんなに肉を配った後、砂川は俺に肉を取り分けながら、こっそりと
「よく分かんないんだけど、これで良かった?」
と囁いた。俺はゆっくりと頷いた。多分俺は、捨てられた子犬みたいな目をしてたんじゃないかと思う。
「よかった。やっぱ和倉くん、面白いね。俺も遊って呼んでいいかな?」
「もちろんだよ、楓馬。さっきは変な空気にしてごめん」
楓馬は俺の背中をバン! と叩いてみんなのところへ送り出した。爽やかな笑顔に浮かぶ白い歯が一際眩しく見えた。
◇ ◇ ◇ ◇
「ふーん、遊と下村さんって降りる駅一緒なんだね」
俺のせいで雰囲気が壊れかけたバーベキューだったが、その後は細いくせに調子に乗って肉ばかり食べた間宮は後半ずっとベンチで休んでいたくらいで、他に大きなトラブルもなくみんなで週末を楽しんだ。
バーベキューを終えた俺たちはそれぞれ帰路についていた。三田さんはお父さんのお迎えで、間宮と美希は逆方向の電車で帰って行った。そして俺、レイ、楓馬は同じ電車に乗っていた。
「え、ああそうだな。一緒に帰ったことないから気づかなかったわ! じゃ、じゃあまた学校で!」
レイがきょとんとした顔で何か言おうとしたので、俺は慌ててレイのバッグを引いて電車から降りた。窓から手を振る楓馬の笑顔に爽やかさはなく、ニヤリと意味深な笑みを浮かべていた。
電車が走り去る。ホームには夕陽が差し込んでくる。見慣れたホームを見ていると、さっきまでクラスメイトと楽しく騒いでいたのが嘘のように思われた。
「あの、そろそろ腕を離してくださる?」
レイが俺を見つめている。夕陽に照らされた白い肌とブラウスがいつも以上に眩しくて、ドキッとしながら手を離す。
「ご、ごめん。痛くなかったか? いやでも、俺たちが一緒に暮らしてるのは内緒にしといた方がいいかと思ってさ。ほら、変な噂になると困るだろ? お互いに」
レイは俺の言葉を聞いた後もじっと俺のことを見つめている。どうすればいいか分からずキョロキョロ辺りを見回していると
「分かりましたわ。さ、帰りましょう」
と言って、改札口の方に歩き出した。
「な、なあ。さっきはその……大声出してごめん」
タワーマンションを昇っていくエレベータの中で、俺はレイに謝った。部屋に戻ってしまう前に言うべきだと思っていたから。
レイはまたしばらく何も言わずに俺の目を見ていたが、ふふっと口角を上げて
「でしたら、次はユウが『お友達イベント』
を企画してくださる、ということでよろしいかしら?」
と返した。俺は思わず尻込みしそうになったが、ぐっと目と腹に力を入れて
「ええ、もちろんですお嬢様。私めにお任せくださいませ」
と宣言した。そして同時にエレベータのドアが開いた。部屋に入って靴を脱ぐとどっと疲れが込み上げて来た。レイも同じのようで一旦玄関にへたり込んでいたが、すぐに
「さ、帰って来たばかりですが、お夕食の支度をいたしますわね」
と立ち上がり、手をパチパチと打ち鳴らした。
「いや、いいよ。疲れてるだろうし今日は俺がやる。さっきのお詫びも兼ねてさ」
俺がそう言うと、レイはしばらく黙ってから
「でしたら、一緒にお料理するというのはどうかしら? きっと楽しいですわ」
と満面の笑みで応えた。あまりの可愛さにドキッとした俺はレイの疲れや謝罪の気持ちも一瞬忘れ、すぐに頷いてしまった。
1人で自炊していたときは広すぎたキッチン。今もまだまだ広さに余裕はあるが、なんだか幸せで満たされた空間になったような気がした。
⬜︎ ⬛︎ ⬜︎ ⬛︎
4月23日 日曜日
今日は楽しみにしていたバーベキュー。初めての体験ですごく新鮮だった! 次やるときはカボチャとサツマイモを多めにしてもらおう。色んな人とお話できたのもとても楽しかった。
そして、ユウに怒られてしまった。『もっと頼りにしろ』って意味でいいのかな? だとしたらそれが一番嬉しい。本当に、素敵な人を選べて良かった。いや、逆に良くなかったのかも? なんてね。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
ここまでお付き合いいただきありがとうございます! これにて第1章『初めてのオトモダチ』編、終了です!
初めは誰とも話せなかったユウがレイとの出会いを経て、少し変わることができました。
次回から『体育祭で勝利せよ!』編となります。引き続き毎日更新です!
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では引き続き、お楽しみくださいませ🙇
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