バーベキューは是非とも炭火でお願いしたい①

 快晴。雲ひとつない青空の下で男女6人が集まり炭を囲む。駅から5分、雨天対応バーベキュー場あり、園内で必要備品の貸し出しあり、という最高の場所。それがここ見晴台公園である。



 あれからもレイは変わらず接してくれているが、俺はというとモヤモヤとした気持ちが拭いきれず、どこかギクシャクした空気が続いているように感じていた。



(はぁ……結局なんだか気まずいままバーベキュー当日を迎えてしまった……憂鬱だ)



 俺がため息をついていると、そんなことはお構いなしと話し掛けてくる奴がいる。



「なあなあゴリっち〜、一回休憩にしねー? オレ疲れてきたわ〜」



 貸出センターから炭などの道具を運ぶのは男たちの仕事だが、30秒と経たずに弱音を吐いているのは間宮まみやだ。俺が荷物を支えているのをいいことに、奴の片手は既に荷物を離れふわふわパーマの茶髪を巻き取って遊んでいる。



「はいはい。たくみはこっちの軽い方持ってよ。炭は俺と和倉くんで運ぶから。そういうことでいいかな?」



 そう言うと砂川すながわはさっと間宮と入れ替わり、俺の腕がふっと楽になる。間宮の色白の細腕とは違って頼りになる。砂川が白いTシャツから突き出た浅黒い腕に力を込めると筋が浮かんできた。



「お、おお、楽になった。助かる」



「だよね、匠は力ないから。ところで和倉くん、下村さん席近いけど仲良いの? 俺たちは理科室の席が一緒になった縁で誘ってもらったんだけど」



 砂川すながわ 楓馬ふうまは焼けた肌に映える白い歯を見せ、爽やかな笑みを浮かべて聞いた。



「ああ、それはまあ、毎日顔を合わせてるから多少はね。砂川くんは?」



「楓馬でいいよ。俺は理科室で話した以外にほとんど話してないけど、匠は結構自分から話し掛けてるみたいだね。ほら、下村さんってちょっと変わった自己紹介だったけど、すごく可愛らしい感じじゃん? 匠、女の子好きだからさ」



 間宮は俺たちの後ろを炭用トングや着火剤のような小物を持ちながら、キョロキョロと落ち着かない様子で歩いている。視線の先には……女子。日曜日なので人は結構多いが、通りがかる女子全員を見る勢いだ。



「なるほど……しかし、どうしてこうチャラ男というのは皆、ああいう歩き方になるのか……チャラ男の教科書でもあるのか?」



「あっはは! 和倉くんて結構面白いこと言うタイプなんだね! 知らなかったよ」



 ジョークのつもりで言ったことだが、声を上げて笑ってもらうとちょっと気恥ずかしくなる。俺が「ハハ……」と照れていると後ろでガシャンと音がして



「ちょ! 女子見えてきた! ゴリっち、そこ代わって!」



 と、自分の荷物を捨てた間宮が駆け寄ってきて強引に俺のポジションを奪った。そしてすぐに片手を大きく振りながら



「お〜い女子たちィ! バーベキューの主役、炭火の登場だぜーい! 燃やしてこ! テンション上げていこ〜!」



 と声を張り上げた。



(調子いい奴……でもここまで徹底してるともはや清々しいとも思える。俺の荷物も軽くなったし、まあいいか)



 俺は間宮によって散乱させられた着火剤を拾い集め、女子たちのところに合流した。



「お疲れ様〜。ユウくん見えてたよ、途中まで炭持ってたのに間宮にいいとこ持ってかれちゃったね。お姉さんがほめたげる〜」



 美希はよしよし、と頭を撫でるポーズをしながら近づいてきた。160cmは軽く超えていそうな長身の彼女は黒のスカートを履いている。アウトドアを楽しもうという気はほぼ感じられないが、それよりも重要なことがある。



(白のニット……良すぎる! 何がとは言わないが良すぎる!)



 そこに目が行くのは恐らく計算通りなのだろうが、その方程式から外れられるほど俺の心は綺麗じゃなかったらしい。



「え、えっと、ありがとう美希。あー、火を起こしてくるね!」



 どうにも目のやり場がなくて困った俺はその場をさっさと離れようと、バーベキューコンロに集まっているみんなのところへ走った。



「あれー、っかしーな。この炭、不良品じゃね? 全然火ぃつかねーもん」



 そこでは間宮が衆人環視のもと、適当に突っ込んだ炭をチャッカマンの火で炙っていた。



「間宮くん、たぶんこれがいるんじゃないかな」



 可能な限り間宮の神経を逆撫でしないよう言葉を選びながら、先ほど奴がいいとこ見せたさに放置した着火剤を取り出すと、



「お〜い〜ゴリっちかい! 何かおかしいと思ったらゴリっちが持ってたんかい! じゃあ責任とって、ここからは代わってもらおうかね!」



 と言って間宮はため息をつきながらコンロの正面を俺に譲った。



(やれやれ、とでも言いたげなため息だな。ため息が出そうなのはこっちだが……)



 着火剤を中心に空気が通るよう意識しながら炭を組み上げる。隙間から火を入れ着火剤に点火、風を送りながら炭に火が移るのを待って平らに均す。



 一連の流れを終えると、おぉ〜、という歓声が上がった。こんなの初歩の初歩だろ、と分かってはいるがこれだけ喜ばれると、自分が何かすごいことを為した気がして顔が赤くなっていくのを感じた。



「和倉くん、すごいね! これならクラスみんなでバーベキュー会とかやっても、上手くいきそうな気がするね!」



 三田さんはいつもの笑顔で喜んでいる。デニムパンツにボーダーのTシャツ姿、軍手までしているのは何だか三田さんらしくて可愛い。



「ユウは何をやらせてもお上手ですわ! さあ、バーベキューは次に何をするものですの?」



 レイは白のブラウスをひらひらさせながら辺りをうろうろしたり、俺たちが持ってきた小道具を物色したりしている。誰が見ても一目で『楽しんでるな』と分かるはしゃぎようだ。



「じゃあ次は脂の多い肉から焼いていこう。網に脂をつけないと焦げつきやすくなるからさ。レイ、その肉取ってくれるか?」



 レイは「分かりましたわ!」と顔をキラキラさせて保冷ボックスを探し始める。三田さんと間宮、美希も一緒になって肉を並べ始めた。俺は火から離れてみんなの皿や箸を準備する。そこへ砂川がやってきた。



「ねえ、和倉くんってやっぱり下村さんと仲良いんだね。もっと無口かと思ってたけど、下村さんとは普通に話してるもん」



「んえ? ああ、まあそうかも。アイツ、人の領域にズケズケ入り込んでくるっていうか、だからまあ相手してるうちに慣れたっていうか……」



 俺が質問の意図を読めず、要領を得ない返答をしていると砂川は



「結構他のクラスでも話題みたいだよ、下村さん可愛いって。もし和倉くんが彼女のこと気にしてるなら、早めに動かないと、ね」



 砂川はさっきの爽やか笑顔とは違う意味深な笑いを浮かべ、俺を見ていた。



「いっ、いや、俺はそんな!」



「熱っ! も〜、なんなのホント! せっかく可愛い服着てきたのに油ジミついちゃうじゃん! ちょっとトイレで洗ってくる〜」



 美希に油が跳ねたらしくあっちが騒がしくなったのを利用して、



「あ、俺もトイレ行くから! そんなんじゃないから〜!」



 と砂川のところから逃げ出した。



◇ ◇ ◇ ◇



 別にトイレに用もないので美希と合流しようと思ったのだが、はぐれてしまった。しばらく辺りを探してみるが、頭の中は別のことを考えていた。



(俺は別にレイのことなんて……アイツは家に転がり込んできた上に、勝手に命を預けてきたんだぞ? 迷惑してるんだこっちは。それにレイは自分だけで『試練』を突破しようとしてんだ。俺に無理させたくないとかいう理由で。あーもう、なんかまたイライラしてきた……クソ、なんなんだよ!)



 考えがまとまらない、何だかモヤモヤする。心を落ち着かせようと適当に歩き回っていると、



「こ、困ります……私、友達のところに帰らないと……」



 と、知った声が聞こえてきた。声のした方を振り返ると、美希が見知らぬ男たちに絡まれていた。




⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎



 

 レイとのことでイライラしていた俺は、怒りをぶつけるように美希を捕らえる男たちに詰め寄る。何とかその場を凌いだ俺だったが、今度はみんなの前でレイに大声を出してしまって……。


 次回!『バーベキューは是非とも炭火でお願いしたい②』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る