健康に悪いと分かっていても、熱めの湯に肩まで浸かりたい

「これがバスタオルで、使い終わったらこのカゴに入れて、そんで……」



 脱衣所であれやこれやと説明するも、俺は完全に心あらずである。またも興味津々に部屋を見回すレイのうなじは雪のように白く、きっとそのブレザーの下も……。



(だめだ! ここにいたら変なことばかり考えちまう! 頭がおかしくなる前に……)



「ま、まあとにかくこの辺にあるものは自由に使ってくれていいから! 何かあったら呼べよ!」



 俺はさっさと脱衣所を出てリビングに戻った。何か他のことを考えようと思って、レイに貸し出す部屋を片付けることにした。しかしすぐに



「ユウー、ちょっと来てくださるかしら? これ、どう使いますの?」



 と風呂場特有のこもった声が聞こえてきた。俺は雑多に散らばったノートをそのままにして風呂場に向かう。声の主は既に浴室内にいるようだ。



(おいおい、開けていいのか……?)



 殴られるんじゃないかと思いながらゆっくりと引き戸を開けると、中にはバスタオルを巻いたレイがいた。はだけた肩がタオルに負けず劣らず白くて眩しい。



「これ、どうしたらお湯が出ますの? ちゃんと説明してもらわないと困りますわ!」



 レイはシャワーヘッドをこちらに向けて文句を垂れている。なんなら切れ上がった金色の眉は言葉以上に不満を表明している。態度はデカいが、タオルに浮き出た身体のラインはすらりとして美し……いや、違う違う!



「シャワーくらい工夫すれば出せるだろ! ここをこうすんの!」



 行き場のない感情を発散させるように大きな声を出しながら勢いよく水を出す。



「キャー!!!」



 背後からの悲鳴に思わず振り向くと、濡れたブロンドヘア、水で落とされかけたタオル、透き通る白い肌、そして大きな……。



「見るな! 出て行けー!」



 勢いよく噴射される水を顔面に受けた俺はたまらず外へ出た。そしてピシャリと閉められる扉。



 ……いや、まさかこんなことになるなんて。あまりのことに動けず、濡れた脱衣所を見ながらぼーっとしていると



「早くそこから出て行きなさい! このバカ!」



 と追い討ちを食らい我に帰った俺は慌てて部屋を飛び出した。飛び出しながら俺は思い出していた。事故とはいえ見えてしまったのだ、はだけたタオルの合間から。



(胸のあたりにあった黒い大きなアザ……やけどの跡とか、だろうか。やたら手が触れるのを避けてるフシもあるけど……申し訳ないことをしたか。いやでも、部屋だって貸してるんだ。少しくらい役得があっても良いだろ!)



◇ ◇ ◇ ◇



「ふうー。やっぱり1日の最後はお風呂に限りますわ。ドライヤーとかいうモノ、大変便利でしたわ」



 レイは先ほどの事件のことなど気にもしていないという素振りでリビングに現れた。俺としては大変助かった。もしかしたら彼女の帰還を土下座で迎えたのが功を奏したのかもしれない。



「先ほどは申し訳ございません! お詫びになるかは分かりませんが、よろしければお納めください。母親めが使っております、お高い化粧水にございます」



 とりあえず用意していたセリフと共にご機嫌取りの高級化粧水を右手に装填、差し出す。するとお嬢様は予想通り興味をお示しになった。



「化粧水? これはどのように使うものですの?」



「お嬢様、こちらはこのようにお手に取っていただき……」



(ここで、彼女の手を取るッ! これが『役得』だーッ!)



 レイが逃げるより速く白く透き通った手を掴む。するりとした肌はまるで陶器のように滑らかで、俺は思わず目を閉じた。



(くぅ、生きてて良かった……)



 さっきとは打って変わってまるで逃げようとしないレイの手。何となく違和感を覚えた俺は目を開ける。……何だか辺りが薄暗い。ダウンライトを遮る何かがあるらしい。



 見上げると、大きな影が俺を見下ろしていた。山羊のような頭には紅く光る目が二つ、全身を黒い体毛に覆われた筋骨隆々の身体は2mを軽々と超えている。俺は目の前の存在が何なのか直感した。



「あ、悪魔……」



「我が名はアクバル。この者の魂を預かる者。貴様はこの者に触れた。たった今、貴様は『鍵』となった」



……何が起きているのか分からない。いや、分かるには分かるが、脳が理解を拒否している。俺が何も言えないでいるのを見て、また悪魔は話し始めた。



「契約により、貴様に『試練』を与える。その試練を突破すれば、この者の魂を解放する」



(契約? 試練ってなんだ? レイ……レイはどこに行った!?)



 見るとレイは変わらず目の前にいたが、立ったまま動かない。風呂上がりに着ている白い体操着の下で、黒いアザが不気味に輝いているのが見えた。



「この者が18の歳を迎える前に30の友人から祝福を受け、結婚式を挙げる。それが貴様に与えられた『試練』だ」



「け……結婚式!? 意味が分からない!」



「……我もこの姿を長くは保てぬ。理解せよ、『鍵』としての役目を」



 そう言うと奴は大きな黒い手を広げ俺の頭を覆った。逃げようとしたが、手も足も首さえも動かせなかった。



 (なんだ……ひどい頭痛だ。立っていられない……クソ)



 俺はあまりの痛みに膝をつき、そのまま床に倒れ込んだ。



◇ ◇ ◇ ◇



「大丈夫? ねえ、大丈夫ですの?」



 目が覚めると俺は床で寝転んでいて、毛布が掛けてあった。レイは毛布越しに俺の体を揺すりながら声を掛けてくれていた。体を起こすとまだ頭がガンガン痛んだ。



「ああ……いや、大丈夫じゃないだろ! なんだアレは!」



 レイは大きく一つため息をつくと、『悪魔の呪い』について話し始めた。アンダーソン家には悪魔が憑いていること、女子は18になると魂を奪われてしまうこと、そして……。



「この呪いは触れた者にも伝播いたしますの。私に触れた者が『試練』を突破すると、私の魂は自由になる」



「じゃあ何だ。俺は招待客を30人集めてお前と結婚式を挙げないと、お前はあの悪魔に殺されるっていうのか?」



 自分がとんでもない責任を負わされたことを実感して震えている俺。対して至極平然とした様子で説明を続けるレイ。



「そうですわ。もともとあと一年で消えるはずの命。『鍵』になってくれる人が現れた、というだけで私にとっては嬉しいことなのですわ」



 レイの表情からは恐怖や悲しみといった感情は全く読み取れなかった。ただ、少し寂しそうに



「もちろん、私との結婚は形だけで結構ですわ。……どうしてもお嫌でしたら、追い出していただいても構いませんし」



 と続けた。俺はほんの下心で彼女に触れたことを申し訳なく思っていた。俺なんかが……生死を分けるパートナーになってしまうなんて。



(今日は色んなことがあったが、正直レイといると楽しかった……レイの命を守れるのが俺だけなら、できるだけのことはやってやる!)



 そう強く決意した瞬間、頭の中にたくさんの人の名前が羅列された。三田真里愛、金森大輝、宮永月香……。



(これは……3Aの奴らの名前……?)






⬜︎ ⬛︎ ⬜︎ ⬛︎


4月6日 木曜日


 部屋を物色していたらノートを発見。この一年の思い出を忘れないように、日記をつけることにする。


 今日は異世界初日! どうなることかと思ったけど、勇気を出して隣の席の男の子に話しかけたら、なんと家に住ませてくれることに! さらに、『鍵』にまで……でも、一生懸命避けてたのに私の手に触ったんだから、自業自得か。頑張ってもらわないとね!


 まとめると、ユウの『試練』は『3Aのみんなと友達になって、結婚式に来てもらう』だった。30人もいるけど一年もあればいけるはず。明日から友達づくり、頑張ってもらおう!


 そうそう、お昼はユウがよく行くお店でオムライス? という料理を食べた。美味しかったけど、私はそのあとで食べたケーキが一番好きだった。いつか自分で作ってみたいな。




⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎



 下心のせいでレイの命を賭けた『試練』を突破する責任を負わされた俺。クラスの奴と友達になれ、と言われても俺には何もできそうにない。今日はクラス委員決めだが、こんな時は気配を消すのが俺にとっての『日常』

だ。それなのに……。


 次回!『委員会決めは気配を消す力が問われると思う』




⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎


 ここまででオープニング完結です! 呪いでレイの命は残り一年、救えるのは学年一のぼっち、ユウだけ。果たしてユウは明日から、出会ったばかりのレイのため、『友達作り』を始めることができるのか……!?


 可愛い女子とお近づきになったり、頼れる男友達ができたり、学校行事に奔走したり。友情あり、ラブコメあり、アツいシーンもありの青春エンタメ『隣の席の金髪縦ロールが俺の日常を踏み荒らしてくる件』、以降もよろしくお願いします🙇



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