初めてのオトモダチづくり

委員会決めは気配を消す力が問われると思う

「こ、これに乗るんですの!? 狭苦しすぎますわ!」



 朝の雑踏に馴染まない金髪縦ロールの美少女は混雑極まるホームでがっくりと肩を落とした。励まそうと思い肩を叩こうとすると、頭の中で



「もう一度触れると呪いはさらに伝播し、貴様の魂も賭けてもらうことになる」



 と声がした。危うくとんでもないことになるところが、ギリギリで止めることができた。



(こんな美人と一つ屋根の下にいて、触れることができない……だと!? あの悪魔、俺の心を理解しすぎだろ……なんて悪魔的な試練なんだ!)



 今度は俺ががっくりと肩を落とす番だった。ともかく気を取り直して会話を続けようとする。



「仕方ないだろ。自転車なら30分はかかるし、そのご立派な縦ロールも風でパアだぞ。ってかいつの間に髪巻いたんだ? うちにそんな道具あったか?」



 しかし俺の意見は人の波に飲み込まれ、そのまま俺たちも電車に押し込まれていた。大丈夫、乗ってしまえば10分ほどで着く。



◇ ◇ ◇ ◇



 教室に入ると奇異の目が一斉に俺たちを見た。



「えっ、ゴリとお嬢様、一緒に来てんの?」

「ゴリ同士、趣味が合うんじゃねえの? おいお前行けよ。『ご機嫌うるわしゅう〜』ってさ」



(こいつら、言いたい放題かよ……本当に救いようのないカスばかりだな)



 レイの方を振り返ると奴らの声は聞こえていないようで、目を輝かせながら教室をキョロキョロと見渡している。何か探しているように見えたが、まあとにかく少し安心した。



 俺たちが席につくとチャイムが鳴り、続々と人が入ってきた。高3ともなると何時に家を出ればセーフになるか皆分かっているのだ。



「はい! 今廊下にいる奴全員アウトなー」



 担任の大川は数人の生徒に無情の宣告を行いつつ教室の扉を開けた。



「おはよう。今日は委員会決めだな。まずは学級委員が2人、これは男女ペアな。続いて体育委員、図書委員……」



 俺はいつものように顔を伏せる。こういう時は気配を消すのが一番良い。万が一推薦なんぞで名前が出た時のために寝たふりなどしておけば『ホントにコイツでいいのか』的な空気になって、最終的に責任感の強い奴がやることになる。それでいいじゃないか。



「よーし、じゃあまずは学級委員からだ。誰か立候補しないかー?」



 大川の問いかけに対して沈黙で答えるクラス。ああ、なるほどね。今年は体育祭やら文化祭やらで要らん盛り上がりをしなくて良さそうだ。どいつもこいつも醒めている、それが3Aというわけだ。



「あの、私やります!」



 俺が狸寝入りの中でクラスに悪態をついているとのんびりとした、それでいて力強い声が沈黙を打ち破った。



「おおー!真里愛、やってくれるか! 他に立候補がなければ女子は真里愛に頼むが、それで良いと思う人は拍手ー」



 クラスからはやる気のなさそうな拍手の音が上がる。『どうでもいいけど、自分はやりたくないし拍手しとくわ』と聞こえた。俺の両手も同じ音を奏でている。



 というわけでめでたく女子の学級委員となった三田みた 真里愛まりあは教壇に立ち挨拶の演説をした。



「私を選んでくれてありがとうございます……! このクラスが良いクラスになるように、このクラスのみんなと卒業できてよかったと思えるように頑張ります! よろしくお願いします!」



 黒髪ボブの似合う童顔が頬を赤らめながら熱を帯びた弁を振るう姿は……何だかよかった。特にバン! と教卓に両手をついたせいで強調された胸……とか。



「さて、女子がサクッと決まったところで男子は……」



 大川が教室内を見渡しながら言う。数十秒ほど経ったが、何の反応もない。



「と、いう状況だが、誰かにやってもらわないといけないんだよなー。しかし学級委員はクラスのリーダー、誰でも良いってわけでもない。日ノ本で過ごした6年間の集大成、それを任せたいと思える奴……誰かいないか?」



 要するに大川は『誰かお前らの目から見て相応しい奴おらんのか』と聞いているのだ。ここだ、ここで気配を悟られると面倒なことこの上ない。さあ刮目せよ、一世一代の名演技。……Zzz。



しかしここで、予想外のことが起こる。



「あの、これは皆さんのリーダーを決めてるんですわよね? でしたらわたくし、とっておきの人物に心当たりがありますわ!」



 驚いて顔を上げると俺の隣で揺れている金髪。レイはいつの間にか立ち上がって、クラス中の注目を浴びていた。



「ここに来て間もない、右も左も分からなかった私を助けてくれた優しい心の持ち主、ユウですわ!」



……やってくれた。『誰でも良いからやってくれ』という空気に満たされた教室は、言うなれば空腹の猛獣たちが住まう檻。レイはその隅でうずくまる俺を指差して「好きなだけ召し上がりなさい!」と言ったようなものだ。



 この場合、俺にできるのは『こんな奴、食ってもマズいだけですよアピール』だけ。俺は急いで俳優スイッチを切り替えた。



「いや、でも俺ほら、友達いな……」



「せんせー! 俺良いと思いますよ! ゴ……和倉くん、やっぱ学年一位っすからね!」



 俺が口ごもっている隙を突いて差し込んできたのは金森かなもり 大輝だいきだった。コイツとは中1の時から数回、同じクラスになっている。



(またコイツか……ゴリの件と言い今回と言い、なんでコイツはこんなに俺に突っかかってくるんだ。ウザいな本当に)



 奴はそのまん丸い顔と同じ形の目をぎらつかせながら、カス仲間に合図を送る。すると初めはまばらに、そして次第に大きな拍手の波が打ち寄せた。俺にはもう為す術もなかった。



「と言うわけで、みんなはお前に学級委員を託したいそうだが、遊。どうだ?」



(どうだ、じゃねえよ。ここまでされたら俺に逃げ場なんてないだろうが。レイを野放しにしておいたのが悪かったってのか……クソッ)



 心の中で舌打ちをしている間にもあらゆる視線は俺に向けられている。見渡すと金森たちの下卑た笑いも、『早く受け入れろよ』というクラスからの圧もよく見える。そして、三田さんが両手を胸の前で組み潤んだ瞳で俺を見つめる姿も……。



「……わかりましたよッ」



 ドスン! と音を立てて座ることで、不服の気持ちを表現するのが精一杯だった。隣にいるレイを睨んだが、向こうは曇りひとつないピカピカの笑顔で



「やりましたわね! 私はこの仕組みをよく存じませんが、これでユウの友人作りもやりやすくなったのではありませんこと?」



 と小さく拍手を送ってきたので、それ以上何も言えなかった。



(はぁ、今日は早速学級委員の居残りがあるらしい……面倒だ)



 俺の日常は、レイの侵入を許してしまった。もう今までと同じようにはいかないことを嫌というほど実感した。




⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎



 

 三田さんと2人きりの時間。彼女の可愛さをたっぷりと味わった俺はレイと共に昨日から行きたがっていた牛丼チェーンへ。しかしレイよ、美味そうに食うなあ……。


 次回!『早い、安い、美味いは10年先も変わらずにいてほしい』

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