カフェを選ぶならケーキの味は重視すべきだ

 彼女はすらりとしたスタイルでブレザーを完璧に着こなしている。吸い込まれそうな青い瞳と切れ上がった金色の眉、近くで見ると思いの外整った顔立ちをしている。そのことに気づき、少しずつ速くなる俺の心臓の音。



 席につくとピンと伸びた背筋で教壇の方を見る彼女はどこか気品に満ち溢れており、まるで名家のお嬢様が迷い込んできたかのようだ。



「おい、あいつもなんかゴリ臭しねえ?」

「私も言おうと思ってた〜、あんな変人がうちの高校に来るってよっぽどだよ」

「ゴリの隣でゴリゴリじゃん、ウケる!」



(あーあ、俺の隣になんか置くからこうなるんだよ。悪いけど俺はお前を助けないからな。恨むなら大川の奴を恨んでくれ)



 俺はいつものように無視を決め込む。しかし隣人はそうしなかった。立ち上がり、声がした方に向かって



「シモムラだのゴリだの、一体何ですの。わたくしはレイチェル・アンダーソン。尊敬と親愛を込めて、レイチェル様とお呼びなさい」



 と、彼女はさっきより落ち着いた調子で、しかしはっきりと宣言した。凛とした横顔は芯のある強さを思わせる。それが俺にはとても眩しくて、心にどんよりと重いものがのしかかった。



(こんな転入初日の奴に出来て、どうして俺はあのクソどもに言い返すことも出来ないんだ……)

 


 俺が悔しさのあまり拳を握り込んでいる間にも、淡々と時間は進んでいく。大川からの事務連絡は終わり、クラスの連中は各々廊下へと出て行った。



「この後みんなでファミレス行こうぜ!」

「ねえあの新任の先生どうだった? イケメンだけど彼女とかいるのかな〜」

「先行っといて! 私、B組が終わるの待ってるから」



 外からはまだたくさんの人の声がする。もう少し人がいなくなるのを待つかと思いロッカーの方を振り返ると、目が合った。そう、深い深い青色の瞳と。



「あなた、お名前は何とおっしゃるの?」



「お、俺? 俺は、あの、ユウです」



(女子に話し掛けられるなんて何年ぶりだよ、ってか海外の人ってファーストネームを名乗るんだよな、いや改めて見ると本当に綺麗な顔してるな、なんかいい匂いするな……)



 ただでさえ人と話すのは苦手なのに不要な感情まで溢れてきて、まるで上手く話せなかった。しかし彼女はそんなことまるで気にする様子もなく、



わたくし、この世界の美食を味わいたいですわ。ユウ、どこかお食事できるところへ案内してくださる?」



 こんな変人と関わりたくはない。関わりたくはないが、おすすめの店を聞かれて答えないなど俺のプライドが許さない。



「……よし分かった。俺がこの辺りで一番美味いところに連れて行ってやる」



 勢いよく用具を詰め込み、バッグを持つ。ガララッ、と教室のドアを開け廊下の人混みなんて掻き分けて進む。美味い店の紹介なら、俺の右に出る奴はいないだろう。



 靴を履き替えていると彼女が追いついてきた。すっかり息が上がっている。



「ちょっと……速すぎますわ。ハァ、走るだなんてはしたない……」



 そう文句を言う彼女の目は期待の色を浮かべ、キラキラと輝いていた。



◇ ◇ ◇ ◇



「こ、これが『オムライス』ですの……? 何という鮮やかな彩り、卵とバターの香りが鼻をくすぐって……」



 店に着くまではやれ遠いだの、ワタクシをこんなに歩かせて、中途半端なモノだったら承知しませんわよ! だのと騒いでいたが、運ばれてきた看板メニューを前にワクワクが止まらないと見える。



「そうだろ。何せこの店はバターが違う。マスターのご親戚が北海道で牧場をやってるらしいんだが、やっぱり風土がいいんだろうね。じゃなきゃこの風味は出せないよ」



「あら、このスプーンはとても可愛らしい装飾が施されていますわ。細かいところまで気配りの行き届いたお店は、お味も大変よろしいのでしょうね」



「ああ、早く食べたいよな。じゃ、いただきます」



 昼過ぎの陽光のように眩しいオムライス。その頂点にナイフを入れるとふんわりと焼かれた卵には一直線の裂け目が入り、中からとろりとした卵液がこぼれる。卵液を万遍なく全体になじませてから端の方をスプーンですくい、濃厚なデミグラスソースと絡めて食べる。美味い。



「おおーっ!」



 正面から突然、歓声と拍手が送られる。この異国の少女はオムライスの食べ方をご存知なかったらしい。彼女はぎこちなく『いただきます』の動作をしてナイフを手に取った。



(海外育ちのお嬢様は、オムライスの食べ方も知らないのか? 普段、一体どんなものをお召し上がりなのやら……)



 しかし相変わらずマスターはいい仕事をする。もう一つの看板メニューであるハンバーグ、その肉汁をたっぷり含んだデミグラスがシンプルなオムライスに深みを与えている。

 ちょうど昼時というのにうるさすぎない雰囲気も非常に良い。外の喧騒と対照的なダウンテンポのBGM、テーブルの距離の取り方も絶妙で、カチャカチャという食器の音さえ心に安息を与えてくれる。



 しかし目の前の女はそんな中でもお構いなしにオムライスにがっついている。いや、食事の所作は淀みなく美しさすら感じるほどなのだが、見開かれた青い瞳からは『野生』がビシビシ伝わってくる。



「くっ……悔しいけど最高ですわ……!!」



 思わず、といった様子でこぼれた一言に俺は勝利のガッツポーズを挙げた。どこぞのご令嬢かは知らんが俺の目利きには敵わないということだ。思わず笑みが溢れる。



 ご令嬢が満足げな表情で「ごちそうさま」を言ったタイミングで運ばれてくるベイクドチーズケーキ。まあ、と開いた右手を口の前にもってくる。服装は淡いブラウンのブレザーというただの高校生ルックだが、金髪縦ロールがそのポーズをとるとこうまでサマになるか、と感心する。



「くぅ……美味しすぎますわ……」



(眉間にシワを寄せながら口元を緩ませてる……忙しい表情筋だな。しかしここまで喜んでもらえると誇らしいな)



「ちょっと、ニヤニヤしながらわたくしを見るのはおやめなさい!」



「なっ……ニヤニヤしてねえし! ただ俺はこの店の良さが分かってもらえたのが誇らしかっただけだ!」



 気づいたらレイはもうケーキを食べ終わり、ナプキンで口元を拭っていた。俺は残っていたケーキを急いで食べた。



(しかし1人ランチの予定が崩れたときはどうなることかと思ったが、意外と悪くない時間だった。欲を言えばもう少しケーキを味わいたかったがまあいい。気分が良いし、ここは俺が払っておくか)



 伝票を見ながらそんなことを考えていると、レイの口からとんでもない言葉が飛び出した。



「さ、お食事も終わりましたし、そろそろ



 帰ります? 誰がだ? まさか……お前がか?




⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎



 俺の家に帰ると言い始めた金髪お嬢様。街を歩くだけで様々なモノに興味を示す彼女を見て俺は『転生令嬢』だと確信。そして案の定というかなんというか、「ここに住ませて」と言い出すお嬢様。住まわせてやってもいいが、金はないらしい、ならば……。


 次回!『敷金礼金の相場は家賃2ヶ月分と言うが』

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