【完結まで残り半分】隣の席の金髪縦ロールが俺の日常を踏み荒らしてくる件

平成03

異世界から来たお嬢様

借金、お見合い、転生令嬢……濃すぎない?

「高校卒業までに100人の友人ができないようなら、遊に使った養育費1億円、耳を揃えて返済してもらおうか」



 父さんは腕組みをしながら眉間にシワを寄せ、いかにもな険しい顔で俺の方を見ている。怒っているぞ、というふうに見せたいのだろうが演技なのは緩んだ口元を見れば一目瞭然だ。だが、言ってることは本気だろう。



 母さんはというと父の隣でニコニコしながら何かのページをぺらぺらとめくっている。頼むからそのまま静かにしていてくれ、と願っていたが俺の望みは2秒で砕け散った。



「別にお金なんて返してくれなくてもいいわよ〜。ただ遊ちゃんももうすぐ高校3年生だし、お見合いなんてどうかしらと思って。ほら、この方なんて素敵よ〜、まだ28歳とお若いし」



 始まってしまった。母は時折ぶっ飛んだ発想でだーれも思いつかないことを提案する。半分くらいは画期的なアイデアが飛び出してくるが、もう半分は爆撃機並の破壊力をもった何かが発進してくる。

 ってかその本、お見合いのアルバムだったのか。いつから準備してたんだそんなもん。



「い、いやでもさ、あまりにも急っていうか、俺にも準備があるっていうか、そもそも友達なんていらない……っていうか」



 親に対してさえ目を見て話すことができないのか。俺はうつむきながら自分の声がだんだんとか細くなっていくのを感じていた。二人には俺の声は届いていないらしく、何か言い合いながらお見合いのアルバムを見漁っている。



◇ ◇ ◇ ◇



 俺の両親は仕事で海外を飛び回る生活をしている。小さな頃は仕事もそこまで忙しくなく色んなところへ遊びに連れて行ってもらった。曰く、「人脈作りに必要なのは豊かな経験だ。それが豊かな人物像を生む、それが人を惹きつける」らしい。



 実際それで両親はどんどん事業を拡大していったらしく、中学生くらいからは年に数回しか日本に戻って来れないほど忙しくなってしまった。が、それでも毎年俺の誕生日だけは必ずお祝いに来てくれる。



 それが今年はこんなことになってしまっている。まあ確かに、俺にも問題があるのは事実なんだが。



「ママ、一旦お見合いの話は置いておいてもいいかな。なあ遊、パパもママもいつも言ってるだろう。人脈は必ずお前を助けてくれる、友人とたくさん遊びなさい、と。それがお前はなんだ。中学高校と進んでも友達ひとりとして紹介してくれないじゃないか」



 しっかりと目を見て話す父さんに対して返す言葉もない俺。小学生の頃までは友人と呼べる存在もいたが、今は丸一日一言も発さず過ごすことの方が多いくらいだ。……あの事件以来。



「そうよ〜。遊ちゃん優しいしカッコいいし、色んな経験もしてきてるんだから、本気出せばすぐ人気者でしょ? 彼女なんてすぐできちゃったりして! ……まあ、遊ちゃんに相応しいかどうかは見極めさせてもらうけど」



 母さんはふんわりと巻かれた茶髪をいじりながら緩く話しているが、最後の言葉には絶対的な『圧』を感じた。彼女どころか友人もテキトーな奴を連れてきて解決、で許してもらえる雰囲気ではない。



「おっと、もうこんな時間か。遊、すまないが今年はもう行かなければ。せっかくの誕生日なのにバタバタしてすまないな。では、一年後の報告を楽しみにしているぞ」



 そう言うと両親はそそくさと準備を始め、1分もしないうちに出かけて行ってしまった。



「相変わらず嵐みたいな人たちだな……。いやしかし、借金にお見合いに友達づくり、か。勝手なこと言ってさ。俺と話してくれる奴なんて……もうあそこにはいないってのに」



 俺は空になった皿をシンクに運びながらぼやいてみた。日ノ本高校は友達作りなんてできる環境じゃない。小学生の頃は気がついたら俺の周りには人がいて、誰とでも仲良くなれたのに。



 カチャカチャと音を立てながら食洗機に食器を入れていく。きっちりと並べられた食器とは対照的に、俺の心の中はぐっちゃぐちゃに散らかっていた。



◇ ◇ ◇ ◇



 悪夢の誕生日から2ヶ月。このままじゃいけないとは思うものの、高校の奴らとは会話にならない。何もできないまま4月を迎えた俺はもう両親からの課題を達成することを半ば諦めていた。



 高3になって初の登校日。誰もいない家に向かって「行ってきます」を告げる。いつからかそれを寂しいとは感じなくなった。遊びに行くのも食事をするのも勉強するのも、1人の方が楽だ。



 大型ターミナル駅まで徒歩1分。利便性、快適性を兼ね備えた都心のラグジュアリーマンション、と言うのが売り文句の我が家だが、高校生が一人暮らしするには豪華すぎる。実際、駅近以外のメリットを感じたことはない。



「次は、日ノ本学園、日ノ本学園〜」



 電車内では新品のスーツや制服に身を包んだ人がチラホラと目に入る。4月といえば出会いの季節だが、中高一貫の日ノ本学園にはあまり関係のない話だ。



 高等部の掲示板前は既に人で溢れていた。クラス発表の紙が貼り出されたタイミングだったらしい。喜びのあまり抱き合う女子、デカい声でハイタッチをする男子、半泣きの女子と頭をポンポンする男子。



 俺にはそういう相手もいないし、誰が同じクラスでも関係ない。自分が『3A』であることを確かめ、さっさと教室に入る。



 教室には31の机と椅子が並べられていた。縦に5つ、横に6列。そして窓際にポツンとひとつ列から飛び出た机と椅子。それが『和倉 遊』の席。孤独な俺にはちょうどいい位置だ。



 荷物の整理を済ませる頃には廊下が騒がしくなってきた。外でたむろしていた連中が続々と校舎に入ってきたのだ。



「おっ、一番乗りかと思いきやゴリはっけ〜ん」



 嘲るような声が突き刺さる。誰が言ったかも分からないが、俺は振り向かずイヤホンを取り出しながら教室を出た。とりあえずトイレに逃げ込む。ついてきてはいないようだ。



(今日は式だけやったら帰れる。今日は駅近くのあの店で日替わりランチを食べて、その後は文房具でも見るか……)



 チャイムを待ってから教室に戻ったが、ちょうどタイミングが悪かったらしくドアを開けた途端に全員の視線が俺に集まった。



「げっ、今年ゴリと一緒のクラスじゃん」

「あいつは何もしなくても進路安泰なんだろうなー、完全にゴリってるわ」

「俺たちが必死こいてるの、どういうつもりで見てんだろーね」



 決して俺の方は向かないが、しっかり聞こえるようにコントロールされた声量、つまり明確な悪意。この中で友達なんて、100人どころか1人だって作れるはずがない。



 校長先生の話、新任教師の挨拶、担任の発表が終わり、クラスへ戻った。後はちょっとした連絡があって解散だ。そうすれば、1人になれる。



 担任が教室に入ってきた。そして、その後をついてもう一人……女子だ。まるで外国人のような佇まいをしている。



 にわかに沸き立つ男子。いや、女子からもキャーキャー歓声が上がっている。外国人風の美少女が転入してくるとなると、なんとなくこの先の学校生活がバラ色に見える気持ちも分からんでもない。が、俺には関係ない。



 担任が騒ぐ奴らを片手で制しながら話し始める。俺たちが一年の頃から学年主任を務めてきた人だ。



「あー、おはよう。俺が担任の大川だ。三年間一緒の奴もいると思うが、改めてよろしく頼む。まあ、そんなことよりみんな気になってる転入生の紹介だ。じゃあ自己紹介を」



 大川に促されて教室の隅から教壇へと移動する転入生。室内履きなのに高らかに鳴る靴音、外国人モデルのようなすらりとしたスタイル、ツンと天まで伸びるような背筋、そしてたおやかに揺れる……金髪縦ロール。



「皆さんご機嫌よう。わたくし、異世界より転生して参りましたアンダーソン家が令嬢、レイチェルですわ! この1年間、楽しんでいきますわよ!」



 彼女はそう高らかに宣言すると、両手を腰に当てて胸を張り出した。……なんというキャラの濃さだ。異世界転生? とか言ってたな。海外でもそういう系の世界観が流行っているのだろうか。



 クラスの様子はというと、さっきまでのワクワクした雰囲気は行き場を失い中空を彷徨っている。シーンとした教室に、カツカツとチョークの音が響く。黒板には無骨な字で『下村レイ』と書かれた。



 ちょうど大川が名前を書き終わったところで、別の先生が机と椅子を運んできた。ものすごく嫌な予感がする。



「というわけで、下村さんも今日から3Aの仲間だ。よろしくな。ああ高井先生、席は和倉の横へお願いします。そうそう、そこです。じゃ、君の席はあそこね」



 教室中空を漂っている行き場を失くしたワクワクが悪意を含んだ奇異の目に変わり、俺の元へ集まってくるのを感じる。クラスメイトの強烈な視線を感じながら俺は、カツカツとよく響く靴音、つまり、俺の日常に訪れる波乱の足音を受け入れる他なかった。




⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎



 成り行きでランチを共にすることになった俺とレイ。本来カフェはゆったりとケーキを楽しむ場所、というのが俺の『日常』だが、オムライスを前に垂涎のお嬢様。仕方なくご馳走してやるが、彼女は俺の家に帰ると言い始め……!?

 次回!『カフェを選ぶならケーキの味は重視すべきだ』



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初めての長編、初めてのラブコメです!

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