奇跡のリンゴ

「おい……それは本当なんだな?」

『大丈夫……』


 カイジの言葉に少女はゆっくりと頷いた。

 その時になって全員が違和感に気づく。

 少女は一度も口を開いていないのだ。しかし、声だけは響く。


「お前は……何なんだ……」

『わからない』


 少女は目を閉じた。


「分からない?」

『うん……でも、わたしならできるって』


 少女の言っていることはちぐはぐだった。まるで誰かがそう言えといっているかのような言動だった。

 ここにいない誰かの声を聴いている?


 それはもしかして――


「ハンター?」


 その場にいる全員が身構えた。

 

『リーフリンダのちからをかります』


 全員の殺気のこもった視線を浴びても少女は眉一つ動かさずゆっくりと手を組んだ。

 それは祈りの姿に似ていた。

 今は廃れてしまった存在無き神への祈り。


「何をしようとしている!」


 カイジが銃口を少女へと向けた。


「待て!」


 ハヤトが両手を広げて少女とカイジの間に割って入る。

 少女を庇うように彼女を背にしてカイジと対峙した。

 

「ハヤト!」


 コウヤが止めに入ったが間に合わない。

 

「どけ! ハヤト!」


 カイジが銃のトリガーに指をかけた。

 カイジの威嚇にハヤトはゆっくりと首を振る。


「それは……できない。俺はこいつの保護者だからな」


 ――この子を護りたい。

 

 それは――

 ハヤトの明確な意思表示だった。

 そこには打算も何もないハヤト自身の純粋な気持ちだった。


「ハヤトてめえ!」


 カイジが指に力を込めたその時。


『ちょっとかりるね』


 少女がハヤトのペンダントをひょいと取りあげる。


「えっ?」


 ハヤトはあっけにとられたまま少女を見る。

 少女は再度ペンダントを手のひらで包み込んだ。


「何をしているんだ……!?」


 ハヤトは言葉を飲み込んだ。

 光――少女の包み込んだ手のひらが光りを放っている。

 暖かい風が医務室内に吹く。


 光が一瞬強く輝いた刹那――


 少女の漆黒の髪が銀の光を帯びる。

 それは白銀――光をまとったのではないかと思わせるほどの白銀の髪。そしてその頭には銀の角が生えていた。

 瞳はルビーの如き紅。


「な、なんだ…………!?」


 少女の姿はいっそ神々しく、光を放っていた。

 その手のひらに変化が訪れる。

 初め、それは細く長い白い糸だった。

 白い糸はすいと伸びて床に接する。

 接した途端に床板の隙間から地面へと潜り込む。


「なっ!?」


 ハヤトの目の前で少女の手のひらから緑の芽が伸び始めた。それは瞬く間に苗木に、若木にと姿を変えていく。

 その場にいた全員があっけにとらわれたまま目の前の光景に目を奪われていた。

 瞬きする間に樹木へと成長した木は枝を伸ばしクロウを包み込んだ。全身を枝に包まれたクロウ。


『リーフリンダ……いやしのちからを!』


 少女の声に合わせるかのように光がクロウを包み込んだ。

 光に包まれたクロウの体に変化が現れた。

 土色をしていた肌に血の気が戻り、浅かった呼吸は規則正しいものになり、その顔に生気が宿る。


「おいおい、マジかよ……」


 コウヤの言葉が静かに響く。

 木の枝がゆっくりと戻っていく。

 そこには――診察台に横たえられたクロウが静かに寝息を立てていた。


「メディ……彼の容態は?」


 いつの間に現れたのかツカサ隊長が彼女に問いかける。

 メディはハッと我に返ると慌てたようにクロウを検診し始めた。


「嘘……瀕死だったのに……彼の容態は……正常だわ……」


 メディの呟きに周囲は一気に歓声に包まれたのだった。

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