目覚め

「なんにせよ。この子が目覚めないことには始まらないわね」


 メディは簡易ベッドで静かに眠る女の子にシーツをかける。

 女の子は静かに寝息を立てていた。

 黒髪の少女は年齢的には十歳に満たないくらいか、幼い容姿だがまるで人形のように整った顔立ちをしていた。


「私ちょっときゅーけー!」


 気が抜けたのかチハヤはぐったりとその場に座り込んだ。

 そういえばチハヤはずっとメディの手伝いをしてもらっていたのだ。彼女には色々と感謝してもしきれない


「ええ、ありがとう。ゆっくり休んでね」


 ねぎらうメディに手を振ってチハヤは医務室を出ていった。

 ハヤトも椅子に座り込んだ。


「今日はゆっくり休みたいな」


 ――さっさと飯を食ってベッドに横になりたい。


 立ち上がりコウヤと共に医務室よ出ようとしたその時。 


「メディ!」


 一人の男が医務室に飛び込んできた。

 男はよほど慌てていたのか服もプロテクターも砂にまみれボロボロのままだった。

 清潔第一の医務室で一番嫌われる――メディが激怒するに十分な人物だった。


「ちょっと! そんな格好で医務室に入ってこないで!」


 メディは眉を揺り上げたが当の本人はお構いなしだった。


「ハヤト! 大変だよ!」


 続けてチハヤが飛び込んでくる。

 その表情で事態がただ事でないことがうかがえる。


「もう、チハヤまで!」


 メディが怒りの声を上げるがチハヤは全く意に介していない。


「クロウが……!」


 チハヤは涙目で叫ぶ。


「クロウが死んじゃう!」


 チハヤの言葉に全員の目の色が変わった。


「どこだ?」


 チハヤが「こっちよ」と言って走り出した。メディが医療器具を入れたカバンを手に彼女を追いかけハヤトとコウヤが続く。

 医務室を出てすぐ、巣穴の入口に人だかりができていた。


「どいて! どきなさい!」


 メディが人垣をかき分け中に入る。

 ハヤトたちも駆けつけたがその惨状に思わず足を止める。

 服は大きく裂け荒々しく包帯で巻かれてはいるが、その出血の量からもかなりひどい状況なのが見て取れる。


「クロウ……なのか?」


 ハヤトは言葉を失った。

 顔は煤で汚れているが見間違うはずはない。昼に巣穴を出ていったばかりのクロウだった。


「チハヤ! 止血剤とモルヒネ急いで!」

「はい!」

 

 メディの声にチハヤとその後ろにいたい女性が数人動き出す。

 それに合わせて一気に慌ただしくなった。


 「彼を医務室まで運ぶわよ!」


 声に合わせて男たちが動く。クロウの体を担架に乗せ医務室へと向かった。

 

「……ハンターの待ち伏せを受けたんだ」


 仲間の一人――カイジが呻くように呟いた。


「奴ら……俺たちが作業に取り掛かるのを待ってから攻撃してきやがった……」


 聞けばクロウたちが回収に向かった時、周囲にハンターたちの反応はなかったという。


「ハンターはどんな奴だ?」

「トンボだ……あんなの初めてだ……!」


 空からの強襲。急旋回、急降下、滞空し正確な襲撃を行う。攻撃にその精度が加わればこれほど恐ろしいものはない。


「新型か……」


 今まで色々な型のハンターが発生していたが、トンボ型は初めてだった。


「データが欲しいな」

「ここに……記録がある……きっとファミリーの役に立つだろう」


 カイジがカメラを取り出した。よくもそんな暇があったものだと感心する。普段であればそこまで気が回らないだろう。


「クロウが……お前に渡せって……」

 

 そういってカイジはハヤトにカメラのメモリーカードを手渡した。


「……クロウ」


 嫌味な奴だがハヤトは心底クロウを嫌いにはなれなかった。

 医務室へと運ばれる。


「メディ! クロウは……クロウは助かるんだよな!」

「…………」


 カイジの声にメディは険しい表情のままだ。


「分からない」


 過度の出血。クロウの顔色は既に土色になっており、呼吸器の音だけが静かに響く。

 人工血液で輸血を行ってはいるが、到底補うことはできない。


「そんな……」


 チハヤが絶句する。

 事態は深刻だった。


「そうだ……都なら……」

「馬鹿か、今からじゃとても間に合わない。それにどこなあるかなんて……!」


 都は城塞型の移動都市。常に移動しているため所在を確認することは難しい。旧時代の高度な技術で動いておりその医療技術をもってすれば治療は可能だろう。しかし、常に移動しているため見つけることができなければ意味がない。

 そして――

 見つけることができたとしてもクロウの状態がそれまで持つかどうかすら分からなかった。


 「クソっ!」


 カイジが壁を殴りつけた。

 何度も何度も、カイジが壁を殴り続ける音だけが響く。

 沈痛な空気が流れる。


『わたしなら……たすけられるかも……』


 その場にいた全員の脳内に凛とした声が響いた。

 全員が振り返る。

 そこには一人の少女。

 ハヤトに助けられ、ハンターとして疑われた眠り姫がいた。彼女はベッドからゆっくりと起き上がり、立ち上がる。


「今の声は……あなたなの?」


 メディの声に少女はゆっくりと頷いた。

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