第21話 閑話
一方その頃、元の異世界ではまたもや大騒ぎとなっていた。
「聖剣ヴォルケインが消えただとぉ!?」
教皇は椅子を蹴倒し立ち上がった。
羽ペンのインクがこぼれ、カーペットにポタポタと垂れ落ちる。
「そ、それはまことか!?」
「は……。大聖堂の宝物庫に厳重に保管されていたのですが、煙のように消えてしまっておりました」
「バカな、そのような事あるはずが……!」
教皇は慌てて執務室を飛び出した。
叩き割る勢いで扉を開き、宝物庫の奥へ向かう。
そこに収められていたはずの聖剣ヴォルケインはどこにもなかった。
「何という事だ……」
半ば崩れるようにして膝を折り、頭を抱える。
すでに周辺各国は勇者不在の中で結束を固め、末端の一兵卒までもが死兵となり戦い抜く事を誓っている。
そんな彼らに聖剣までもがなくなったと報告したらどうなる?
士気は地の底まで落ち、絶望に暮れる者達が続出するかもしれない。聖剣とは神との繋がりの証であり、皆の希望でもあるのだ。
「むぅぅぅ……致し方あるまい。ひとまず聖剣消失の事は最重要機密とせよ。そして教団幹部には箝口令を敷くのだ!」
「か、かしこまりました……」
「そう心配するでない」
震える男の肩に手を載せ、教皇は瞑目する。
勇者不在の今、聖剣がなくとも何も状況は変わらない。
ここに魔剣がある限り。
聖剣のあった台座の隣には、同じく台座に収められた一振りの長剣があった。
紫色をした刀身に、肉塊を模した禍々しい装飾――呪われし氷の魔剣スラヴィールだ。
勇者にとって聖剣があるように、魔王にとっても魔剣が存在する。この魔剣スラヴィールは普通の者が使えばただの呪われた剣だが、魔王が持つ事で災害級の力を発揮するのだ。
すなわち、この魔剣が人類の手にある限り魔王は決して勝てぬ相手ではないという事!
勇者不在の今、聖アルデム教団が成すべきは魔剣スラヴィールの死守である。聖剣の有無はもはや関係ない。
ちなみにこれは教団の中でも一部の幹部と聖女ラーティしか知らない最重要機密事項である。報告に来たこの男も結構な地位だが、それでも知らされていないほどの重大な情報なのだ。
「どの道聖剣は勇者にしか扱えぬ。勇者なき今、聖剣があろうとなかろうと我らのやるべき事は変わらんのだ」
「……まさに。仰る通りでございます」
「わかればよい」
教皇が魔剣の台座を一撫でした――その時。
フッと煙のように魔剣スラヴィールが消えてしまった。
「ふぁーーっ!?」
「教皇様? どうなさいました?」
「け、剣が……消えたのだ……!」
「ええ、聖剣が消えましたね……。しかしそれでも我々のやるべき事は変わらないのですよね」
「変わるに決まっておろうが! このたわけ!」
「えぇ~~っ!?」
「おしまいじゃ……! 人類は滅亡する!」
顔面蒼白で乱心する教皇。
聖剣と魔剣が異世界の勇者と剣聖の手に渡った事など、彼には知るよしもない。
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