第三章

第22話 隣国ファーライト光国へ

 宿屋で一泊した翌朝、俺達は粗末な荷車の上で揺られていた。


 乗り心地は最悪で、車輪が回転するたびに石や段差を踏んで痛い。まるで小刻みに尻を引っ叩かれているみたいだ。


 ちなみに荷車を引いているのはアルパカに似た家畜ベルベルのゾンビこと、アレクサンダーである。


 命運のタリスマンによりルーメニス教の信者は蘇生されたが、動物に神様を信仰しろなんて土台無理な話だ。でもこいつだけ置いていくのも何だし、俺はアレクサンダーを連れて行く事にしたわけだ。


 セリムと会った事で、剣聖を探すという俺達の目的はひとまず達せられた。


 なので別に行く宛なんてないのだが、セリムがファーライト光国へ行きたいと言い出したのだ。


『僕が案内しよう。あそこは庭のようなものだからな』


 とはセリムの言だ。まぁ地元民らしいしな。


「ファーライト光国ってとこまであとどれくらい?」


「このペースであれば小一時間といったところだろう」


 セリムが指を一本立てる。


 ラーティは風になびく金の髪をおさえながら景色を眺めていた。


「意外と近いのですね」


「近いのはいいけど、まだ明るいぞ。グラミーなんか連れてって大丈夫か?」


「アァ~……」


 ふらふらと俺の後ろで揺れているのは邪帝王軍元四天王のグラミーゾンビだ。


 姿形はリリとして同行していた時のままだが、顔色がゾンビ色だし視線が定まってないしで不安しかない。


「グラミーは我々にとって不倶戴天の敵だからな。そんな奴と共存したい住民はいないだろう」


 セリムが魔剣スラヴィールを眺めながら言う。


 確かに置いて行こうとした時の住民達の豹変っぷりはすごかったな。笑顔で武器や農具を持ってグラミーゾンビをサンドバッグにしようとしてたもん。こえーよ……。


「ラーティはいいの?」


 隣で淑やかに座る金髪碧眼の聖女へ尋ねると、にっこり笑顔を返された。


「邪悪な死体はいたぶり尽くせと神は仰っておりますので」


「あんたもブレねぇなぁ!」






 そんなこんなで小一時間ほど移動した末、小高い丘の上にそびえる城門へと辿り着いた。


「止まれ! 通行手形を見せろ!」


 城門前で槍を持った門番の兵士が前方の隊商に告げる。


 彼らの後ろには数人の列ができていた。


「よし、次! ……通行手形がない? なら入れるわけにはいかん! 次!」


「警備が物々しいな」


「隣国のレイマール王国が滅んだそうだ。ファーライト光国もいつ魔物に襲われるかわからないから警戒しているのだろう」


 そういや結構距離が近かったな。むしろこの近さでよく襲われてないもんだ。


「通行手形というのが必要のようですが、あるのですか?」


「安心してくれ。剣聖である僕の顔が通行手形だ」


 自信満々に胸を叩くセリム。


「顔パスか。それなら大丈夫そうだな」


 しばらくして俺達の番がやってきた。


「次!」


「僕だ」


 セリムがフードを脱いで顔を見せる。


 門番は眉をひそめた。


「……誰だ貴様? いいから通行手形を出せ」


「だめじゃないか」


「いやっ、そんなはずは……!?」


 一転、狼狽するセリム。本気で顔パスできると思ってたみたいだ。


「ちょっと待ってくれ!」


「なんだ? 通行手形があるならさっさと出せ!」


 慌ててセリムは持っていた魔剣を鞘ごと出してみせた。


「これを見ろ! 門番なら知らないとは言わせないぞ!?」


「これは……剣聖を輩出したフェンドリック家の紋章!?」


「そうだ。僕は剣聖セリム=フェンドリックで――」


「さては貴様、盗んだな!?」


「は……? 盗んではいないが……」


「ええい、言い訳はいい! 大人しく縄につけ!」


「な、何をする!?」


 憐れ、セリムは衛兵に取り押さえられてしまった。


「よし、帰るか」


「イサム様?」


 回れ右する俺の袖をラーティがむんずとつかんだ。


「あれはいいのですか?」


「いいんだ。帰ろう」


「ですが、わたくし達は剣聖を……」


 わかってんだよそんなのは! ここで俺達が捕まったら、あいつを助けたりアレしたりする事もできなくなるだろ!


「おい、貴様らどこへ行く?」


 門番に呼び止められる俺。


 ほらぁ! 見つかったじゃん!


「通行手形を忘れたので帰ろうかと」


「待て。そういえば貴様らこの自称剣聖と一緒にいたな。もしや仲間か?」


「いえ、知らない人ですね」


「イサム殿!? 昨晩あれほど飲み明かした仲だろう! それはあまりにあまりな物言いではないか!?」


 だぁー! もう言い逃れできねぇ! 脳筋かこの剣聖は! あと俺が飲んだの水だからな!


 案の定、門番達は不審の眼差しで俺達を見ていた。


「怪しいな。貴様ら全員顔を見せろ!」


 門番は俺達のフードを順に払い除け、顔を睨み付ける。


 すると当然、グラミーゾンビも見られるわけで。


「ゾ、ゾンビだ……っ!?」


「おのれ貴様らァ! 邪帝王軍の手の者か!?」


「違いますよっ!?」


 門番達に槍を向けられ、俺は両手を上げた。


「門番の皆様! こちらはレイマール王により異世界から召喚された勇者イサム様です! どうか矛をお収めください!」


 そんなラーティの訴えも虚しく、門番達は槍の矛先を動かさない。


「こいつは邪帝王軍の死霊使いグラミーだ! オレは顔を知ってる!」


「だからグラミーを倒してゾンビにしたんだって!」


「事情は後で聞く! 抵抗するならただではおかんぞ!?」


 ズイッと切っ先が迫り、俺は冷や汗を流した。


 なんでこんな事になったのかはわからないけど、すぐに殺す気がないなら従うしかない。


「……仕方ない。ここは大人しく縄につこう」


 聖剣ヴォルケインを地面に転がし、俺は後ろ手に縛られるラーティの不満げな顔を眺める他なかった。

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