第11話 堕ちた街

 リリの話通り、ロドニスの街は壊滅状態だった。


 大通りには日用品が散乱し、半壊した家屋には血飛沫がこびりついている。毎日手入れされていたであろう花壇は踏み荒らされ、色とりどりの花弁が散っていた。


「本当にゾンビだらけだな……」


 街を覆う石垣から中を覗き、俺は顔を引きつらせた。


 元は栄えた街だったんだろう。人口の大半がそのままゾンビになったって感じだ。


「イサム様、まずは生存者を探しましょう」


「そうは言ってもあのゾンビの数じゃな。どっから入る?」


「それなら……あそこから入ってはどうですか?」


 おずおずとリリが指差した先には石垣が崩落した箇所があった。


 そのすぐ近くには木製の掘っ立て小屋がある。屋根が半分落ちてボロボロだが、大通りを避けて街に入れる唯一の道になっていた。


「なるほど。あそこから入ればゾンビに見つかりにくそうだな」


 石垣が外側に崩されている事から、きっと街を脱出するために住民が壊したんだろう。俺は恐る恐る中を覗き、ゾンビがいない事を確認する。


 崩落した小屋の奥には兎を牛サイズにして首を伸ばしたような動物が一頭ロープに繋がれていた。


「……なんだあれ? アルパカみたいな生き物だな」


「あれはベルベルです」


 リリが横から顔を出した。


「ベルベル?」


「乳を搾ったり毛を刈ったりする家畜ですよ。この辺りではよく飼われてます」


「へぇ、羊みたいなもんか。妙に人懐っこいな」


 俺が近寄るとベルベルは長い舌を出して舐めてくる。


「キュ~ンキュ~ン」


「あはは、くすぐったいって」


 図体はでかいけどモフモフだし、トボけたような顔も愛嬌があるし、なかなか可愛いやつだ。


 と、その時俺を舐め回していたベルベルが急に目玉をグルンと裏返した。


「グオォォォォッ!!」


「ひぇぇっ!?」


 なんかいきなりどう猛になったぞ!? 何なのこいつ? 害獣なの?


 ロープに繋がれているおかげでこっちまでは来られないみたいだが、よだれを撒き散らして暴れる様は正直怖すぎる。


「二人とも逃げ……あれ?」


 ラーティとリリはいつの間にか小屋の端まで後退していた。逃げ足速いなおい。


「どうやらゾンビ化したみたいですね」


「えぇっ!? なんでいきなり!?」


「イサム様を舐めた直後でしたし、感染スキルが発動したのでは?」


 感染スキルって俺がゾンビの感染源になるスキルなのかよ!? 何の役に立つんだそれ!


 なんて文句言ってる場合じゃない。ベルベルゾンビは猛然と暴れ回り、ロープを引きちぎりやがった。


「グルォォォォォッッッ!!!!」


「うおぉぉぉこっち来んじゃねぇっ!」


 その途端、ベルベルゾンビはピタッと動きを止めた。


 予想だにしない行動に俺は目を瞠る。


「なんだ……? どうなってる?」


 ベルベルゾンビは何ら反応を見せない。舌を垂らして白目を剥きながら上の空でふらふらと佇んでいる。


 もしかして、感染源である俺の命令に従うゾンビだったりするのか……?


 真偽を確かめるため、俺は命令してみる事にした。


「お手」


「グオッ」


 俺の手のひらにベルベルゾンビが前足を乗せる。


「お回り」


「グオッ」


 ベルベルゾンビがクルリと回った。


「チンチン」


「グオッ」


 ベルベルゾンビが仰向けで開脚した。


「そっちじゃねぇよ!? ってかメスじゃねぇかこいつ!」


 ……まぁいいや。


 とにかく感染スキルの使い方がわかった。これは俺の命令に従うゾンビを生み出すスキルなのだ!


「めちゃくちゃ強力なスキルだな。ワンマンアーミーも夢じゃないぞ。使い方次第では世界を取れる可能性すらあるんじゃねぇ?」


「代償に人と触れ合う事ができなくなりますけどね」


 ラーティの一言が俺を絶望させた。


「なんでそういう事言うの……」


「イサム様には恋人がいらっしゃるのですか?」


「いないけどさぁ! できる予定もないけどさぁ!」


「でしたら問題ないではありませんか」


「おっ? ケンカ売ってる? ちょっとお前もゾンビ化してみる?」


「わたくしがゾンビになれば即座にイサム様もゾンビ化しますけど、いいのですか?」


「すんませんっした! 俺の負けです!」


 チクショウ、異世界なんて嫌いだ! 早く家に帰りたい!


「とにかく生存者だ。家畜が生き残ってたくらいだし、人間だってどっかに隠れてるだろ」


 そう思って探し始めたものの、いるのはゾンビ、ゾンビ、ゾンビである。


「こうも多いとまともに移動するのも大変だな」


「神聖術が使えたらいいのですが」


 そうすると俺がゾンビ化するまでの時間が早まってしまう。できればそれは最終手段にしてもらいたい。


「どうしたもんか……」


 考えていると、ふとベルベルゾンビの白目を剥いた不健康そうな顔が視界に入った。


「そうだ。悪いけど路地裏にゾンビがいないか見て来てくれない?」


「グオッ」


 ベルベルゾンビは路地裏に歩いて行き、周りを見渡す。どうやら路地裏には何もいないようだ。


「おお、ちゃんと役に立ってくれてる! ベルベルちゃん賢いな!」


「ベルベルちゃんって、名前ですか?」


「可愛いだろう」


「ベルベルは種族名らしいですが、それでいいのですか?」


 言われてみれば、猫にネコちゃんって名前を付けるようなもんか。それはいただけない。


「う~ん……じゃあこいつの名前はアレクサンダーにしよう。アレクサンダー、ちょっとあそこの教会の中を見て来てくれない?」


「グオッ」


 ベルベルゾンビ改めアレクサンダーは俺の指示通り教会の中に入――ろうとして、どこからともなく現れたゾンビどもに囲まれてしまった。


「グォォォォッ!!!!」


「アレクサンダァァァァ――――!!!!」


 あえなくむさぼり食われるアレクサンダー。良い奴だったのに……。


「イサム様、あれを!」


 ラーティが教会の方を指差す。


 そこには木材や石などで組まれたバリケードがあった。


「生存者か!」


「助けましょう!」


「そうはいかぬ」


 上から声が降ってきた。


 直後、教会への進路を塞ぐようにバサッと何かが舞い降りる。


 血色の悪い紫の肌、ツギハギだらけの体に蝙蝠のような羽根を生やす不気味な男がいた。


「なんだあいつ……?」


「そんな……あれは……」


「リリさん、ご存じなのですか?」


 ラーティの問いかけに、リリは声を震わせながら答えた。


「邪帝王軍四天王、死霊使いグラミーです!」

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