第10話 死の呪い

 まずい……まずいぞ。


 俺は頭を抱えた。


 感染したらどうなる? やっぱゾンビ化するんだよな?


 いや待て、そもそも本当に俺は感染したのか? したとして、どうやって確認する?


「そ、そうだ……ステータス!」




 名前:大野勇


 称号:勇者


 レベル:1 攻撃力:1 防御力:1 敏捷:6 知力:48 魔力:0 幸運:5


 スキル:言語理解、能力収奪、感染


 状態異常:感染!




 うおおお、やっぱり感染してんじゃねぇか!


 そういえば調子に乗ってゾンビを斬りまくってたせいで、よく見たら返り血やら返り汁やらを浴びまくってるわ。そりゃ感染するわ!


 そうしている間にも感染箇所と思しき俺の右腕が紫色になっていく。


 まさにゾンビ色だ。これが全身に広がったら俺もゾンビになるのか!?


「くそぉ……ワクチンも血清もないんだぞ。どうすりゃいいんだ!?」


「解呪しましょう」


 ラーティは聖杖を構えて瞑目する。


「我らが守護神アルデム様。降りかかる災いからこの者をお守りください――リムーブカース!」


 ポウッと俺の体が優しい光に包まれた。


 特に熱かったり痛かったりなどの感覚もない。たとえるなら暗闇で光る蛍光塗料のように淡く弱々しい輝きだ。


 その光もしばらくすると消えてしまった。


「治ったのか?」


「いえ、完全には除去しきれていません。どうやらこれは継続的にかかる呪いのようです」


「……えっ? 呪いで確定なの?」


「そう考えるべきでしょう。一応ですが解呪が効きましたし」


 俺は右腕を観察する。


 相変わらず紫色だし、とても治ったようには見えないが、確かに変色の広がりは止まったみたいだ。


 って事は、ウィルス系ゾンビじゃなくファンタジーゾンビなのか。


「でも治ってないなら俺はその内ゾンビになっちゃうんじゃない?」


「そうですね……。今は神の奇跡で呪いの効果を止めていますが、継続的に解呪し続ける神聖術なのでわたくしの神聖力が常に消耗しています」


 なるほど、つまり神聖力が枯渇すればゾンビ化するのか。


「枯渇まであとどれくらい?」


「勇者召喚の後ですし、パンや聖剣も召喚しましたからね。神聖力の残りは……大体数日分と言ったところです」


「数日か……あんまり余裕はないな」


「まぁ、結界や召喚などで神聖力を消費すれば一日保つかも怪しいですけどね」


「超やばいじゃんっ!?」


 狼狽する俺。


「どうすんだよこれ? 異世界でゾンビ化の危機とか受験どころじゃないぞ!?」


「落ち着いてください。この手の呪いは、得てしてゾンビを生み出した術者を倒せば解呪されるものです」


「じゃあそいつぶっ殺しに行こう!」


「その前に残りのゾンビを倒さないと」


「うおぉぉぉくたばれぇぇぇぇぇ!!!!」


 鬼の形相で俺はゾンビどもをぶった切る。命が懸かっているからもう必死だ。


「はぁ……はぁ……よっしゃ全部倒したぞ! さぁ術者をとっちめに行こう!」


「そのためには情報収集が必要です。――リリさん」


「はい?」


 ラーティは呆然と立ち尽くしていた少女へ顔を向けた。


「ゾンビを操っている者について何か心当たりはございますか?」


「……あります」


「それは?」


「邪帝王軍四天王……死霊使いグラミーです」


 リリは肩を震わせながら語り始めた。


「グラミーは死霊術の達人で、いくつもの人間の国々を滅ぼしてきた魔人です。その力は邪帝王に最も近いのではないかとさえ言われ、人々に恐れられてきました……」


「邪帝王に次ぐ四天王ですか。それは強そうですね」


「でも邪帝王はラーティのバリアを抜けなかったし、それより弱いなら何とかなるんじゃないか?」


「グラミーは弱くありません!」


 突然叫ばれ、思わず俺はたじろいでしまった。


「あなた方はグラミーを見てないからそんな事が言えるんです……!」


「って事は、リリさんは見たのか?」


「私は……ロドニスから逃げて来たんです……」


 リリはうつむいた。


「ロドニスって?」


「この森の先にある大きな街だそうです。レイマール王がそう仰っていました」


 なるほど、彼女はそこの住民なのか。


「街はもう壊滅してるのか?」


「私が逃げた時点ではまだ生存者もいました。でも今もいるかは……」


「その時点では生存者がいたんだな? ならすぐに行こう!」


「そうですね。四天王グラミーとやらがいる可能性も高いですし」


「待ってください!」


 震える手でリリが必死につかみかかってくる。


「あそこは死霊の巣窟になってます。行かない方がいいです!」


 彼女は着のみ着のままだ。今ここで俺達と別れたら再び命の危機に陥るから同行せざるを得ない。


 なのに俺達はこれから危険地帯へ行こうって相談をしているときた。そりゃ俺だって必死で止めるわ。


 だがそれではいけない。


 俺は強く決意に満ちた顔で言った。


「危険なのはわかる。だけど困っている人がいるなら助けに行かないと。俺は勇者だからな」


「でも……」


「君の気持ちはもっともだ。だけど街には君の家族や友人もいるんだろう? だったら助けに行かないと。俺は勇者だからな」


「イサム様、何だか必死に見えますよ?」


 うるせぇ! 行かなきゃ俺はゾンビになるんだよォ!


 そんな俺の説得に、リリはようやく折れたようだ。


「どうしても行くんですね……?」


「ああ」


「……わかりました。なら私もお手伝いします」


「お手伝い?」


「表立って戦う事はできませんが、石を投げたり荷物を運んだりするくらいはできますから」


「そうか」


「だから、置いて行かないでください……」


「うっ……」


 なんか罪悪感を抱かせるような言い方だな。


 まぁでも俺がゾンビになったらこの子もラーティも困るんだ。だったら行くしかない。


「そうと決まれば出発だ!」


 俺は聖剣を一振りし、森へ向けて歩き出した。

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