第6話 閑話

 その頃、元の異世界では大騒ぎになっていた。


「聖女ラーティが消えた……だと……!?」


 教皇は恰幅の良い腹を揺らし、素っ頓狂な声を上げる。


 白いテーブルクロスの上に載った銀の皿を前に、今まさに食事をしようとしていた時にとんでもない報告が来たのだ。


「なぜだ!? あの者には魔王デイザールを討つ勇者を召喚する使命があるのだぞ! まさか失敗したのか!?」


「いえ、その……勇者召喚の儀が行われた形跡はあるのですが……」


「そうなのか? してその勇者はいずこに?」


「ふ、不明でございます……」


「不明? それはつまり勇者までもが消えたというのか!?」


「さようで……」


「何という事だ……」


 聖女と勇者が共に消えてしまったとなれば、魔王デイザールにどう立ち向かえというのだろう?


 敵は軍隊を動かしてどうこうなるような相手ではないのだ。魔王とは、そして勇者とは、それほどまでに強大な力を持つ存在なのである。


 滅びの道を避けるなら、何としても二人を探さなければならない。


「教皇様……我々は一体どうすれば……?」


 教皇は深くため息をついた。


「起きてしまった事を嘆いても仕方があるまい。ひとまず食事でもして落ち着くとしよう」


 そう言ってパンを食べようとしたその時、なぜか指が空振った。


「んっ?」


「教皇様、どうされました?」


「今パンを食べようとしたのだが、一瞬消えたような……」


「お召し上がりになっただけでは?」


「そんなはずは……いやしかし……」


 テーブルの下を覗いても、テーブルクロスをめくってみてもパンは見当たらない。


「うぅむ。気のせいか?」


 気を取り直して肉のソテーにフォークを延ばすと、それもまた消滅した。


「ふぁっ!?」


 それだけではない。串焼きに唐揚げに肉団子までもが次々と皿から消えていく。


「ふぁーっ!?」


「教皇様? 一体何事です?」


「わ、わしの肉が消えたのだ!」


「肉が……? ダイエットの話ですか?」


「違うわ、このたわけ!」


 乱心する教皇。


 消えた食事が異世界の勇者の胃袋に収まった事など、彼には知るよしもないのだった。

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