第5話 悪魔の取引

 剣聖の抹殺。


 それが俺達を元の世界に戻すのに出された取引の条件だった。


 抹殺っていうからには、やっぱり殺すんだよな……。


 本来仲間として共に邪帝王ドロメアを倒すであろうその人物を、俺達の手で抹殺する。


 たとえ元の世界に戻れば罪はなかった事になるとしても、普通に考えたらまずやらない行為だろう。


 これはある種の踏み絵だ。ここでうなずくか否かで邪帝王と手を組むかが決まる。


 実際に剣聖を殺すかどうかはともかく、今この場でだけは承諾しておかないといけない。


「……わかりました。元の世界に戻るためならやります」


「ククク、賢い選択だ」


 邪帝王は邪悪な笑みを浮かべた。


「ただ、俺達は剣聖がどんな人物かわからないので何か情報をくれませんか?」


「剣聖についてか、ふむ……。我も配下どもの話を聞いたに過ぎんが」


「それでもないよりはいいので教えてください」


「よかろう。まず、人間の男という話だったな」


「なるほど、男ですか」


「人間の年齢など我にはよくわからぬが、汝らと同じくらいではないか?」


「ふむふむ、俺と同い年くらいですね。他には?」


「そうだな。目が二つだそうだ」


「ふむ……?」


「後は、鼻も口も一つと聞く」


 そんなもんいっぱいあったらこえぇよ。


「あの……剣聖って人間なんですよね?」


「そのはずだ。触腕が二本しかないようだからな」


 触腕が二本って何だよ。それ普通の腕じゃねぇの……?


「もっとこう、特徴はないんでしょうか? 髪が長いとかハゲてるとか、背が高いとか太ってるとか」


「そう言われても困る。我には人間などどれも同じに見えるのでな」


 そっかぁ。邪帝王さんタコのバケモンだしなぁ。俺もタコの見分け付かないししょうがないよね。


「じゃあ外見はさておき、能力とかはどうです?」


「わからぬ」


「わからない……?」


「さよう。討伐に向かった配下どもは皆消息を断っておる。わかるのは、並み居る魔物どもを退けるだけの実力者である事のみよ」


 そんなに強いのか。邪帝王が取引に出すくらいだし相当なんだろうな……。


「何か迷っておるのか?」


「いやあの、攻撃手段のない俺達に剣聖を倒せるのか心配で……」


「ほう、攻撃手段があればやるのだな?」


 邪帝王は俺に向けて四本指の触腕をかざしてくる。


 その途端、紫色をした不気味なオーラが俺の体にまとわりついた。


「これは……?」


「我が力の一部を汝に授けた」


 言われてステータスを確認してみると、そこには新たな項目が追加されていた。




 名前:大野勇


 称号:勇者


 レベル:1 攻撃力:1 防御力:1 敏捷:6 知力:48 魔力:0 幸運:5


 スキル:言語理解、能力収奪




「能力収奪……?」


「さよう。倒した我が配下どものスキルを収奪するスキルである。これがあれば無力な人間であろうと魔物の力を得られる。上手く使えば剣聖とて殺す事もできよう」


 スキルを奪うスキルか。これは確かに強力だ。使い方次第で無限の可能性を秘めている。


「ありがたいですが、邪帝王さんの配下を倒しちゃっていいんですか?」


「剣聖を殺すのであれば構わぬ。収奪するためには一度スキルをその身に受けた上で倒す必要があるが、先ほどの戦い振りをみるに小娘は癒やしの力を持つのであろう? ならば即死系以外は収奪できるはずだ」


「なるほど。でもこんな強力なスキルを俺に渡してよかったんですか?」


「ほう、裏切った場合の話か?」


 邪帝王はおぞましい笑みを浮かべて見せた。


「そのスキルで我を殺す事は敵わぬ。その力は我が与えたものだからな。裏切ったその瞬間、汝は無能な村人同然よ」


 ……そういう事か。


 つまり俺が裏切ったと判断すれば、いつでもスキルを消せるんだろう。何なら俺が裏切らなくてもそれは可能かもしれない。しかしその力に頼らないと目的が達成できないときた。


 これは完全に首輪をはめられたな……。


「剣聖を殺せ。裏切りは決して許さぬ。ゆめゆめ忘れるでないぞ――」


 それきり邪帝王の姿が薄くなり、虚空へと消えていった。

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