第二章

第7話 旅立ちの日

 さて。元の世界に帰す見返りに剣聖抹殺という契約を邪帝王と交わしたわけだが、いかんせん俺達には情報がない。


 だったら最初にすべきは情報収集だ。


「まずは人里に行くところからだな」


「そうですね。ここにはもう生存者はいないようですし」


 ラーティが広場を見回して言う。


 周りにモンスターはもういない。邪帝王が消えた後、潮が引くように解散していった。今のところ騙し討ちする気はないらしい。


 ちなみに俺の通学鞄も一緒にこの世界へ来ていたようだ。


 結界の外に放り出してしまっていたためゾンビに踏み荒らされてはいたが、中身も鞄も大丈夫だった。これがあれば旅の道中も勉強できそうだ。


「そうと決まればとっとと剣聖を探しに行こう」


「あ、少しお待ちください」


 ラーティは王様の亡骸の前で跪いた。


 そして胸の前で手を組み、何事かをつぶやいている。


 彼女も一応神に仕える聖女だ。生きる世界が違えど、死者の魂を弔う気持ちはあるんだろう。俺も後ろで黙祷する。


「お待たせしました」


「お祈りは済んだ?」


「はい。ついでに金目の物をいただいておきました」


 ジャラッと金貨にネックレスや指輪を見せてくる。


「おぃぃ! 何勝手にパクってんの!?」


「この王様はわたくし達に世界の命運を託したのです。だからこれは必要経費なのです」


「そうかもしれないけどさぁ! 死人から身ぐるみ剥ぐってのは倫理的にさぁ!」


「ご安心を。ちゃんと許可は取っておりますので」


「許可……? 誰に?」


「もちろん王様です」


 平然と言ってのけるラーティ。


「王様が死ぬ間際にあげるって言ったのか?」


「いえ、亡くなった後に聞きました」


「……霊能力でもあんの?」


「レイノウリョクというのが何なのかはわかりかねますが、わたくしは守護神アルデム様より授かった加護により死者と意思疎通できるのです」


「そんな事もできるのか……。って事は今も王様と会話できるの?」


「できますよ。死にたてほやほやなら多少の自我が残っている場合もありますので」


「残ってない場合もあるのか」


「はい。ちなみに魔法使いのおじいさんはダメでした。ちょっと良くない感じになっています」


「えぇ……」


 良くない感じってなんだよ。悪霊的な奴になっちゃったの?


「ほら、今もイサム様の後ろでブツブツと……」


「おいやめろ! 怖いだろ!」


 とっさに飛び退くが、俺には霊感がないのでそういう類いのモノは見えない。


「え? ほんとにいるの? マジで言ってる?」


「マジです。勇者のくせに許せぬ、この外道め~と仰っています。おそらく邪帝王との契約の様子を見て憤慨したのでしょうね。お気の毒に」


「完全に俺のせいじゃん! そもそもあれは作戦なんだけど!?」


「まぁ実害はないので大丈夫ですよ」


「あってもなくても嫌だよ!」


「でも王様はご理解いただけたようですよ。だからこそ王城にあるものなら自由に持って行っていいと仰ってくださいました。ここはそのお言葉に甘えましょう」


「……あんたがそういうならいいよもう。でもそもそもの話さ、何か召喚的な奴で食べ物とか喚び出せるんじゃないの?」


「可能ですが、神聖力がなくなったらおしまいですよ。回復するまでわたくしは何もできなくなります」


 神聖力……マジックポイントみたいなもんかな? そういう制限があるならしょうがない。


「わかったよ……。じゃあ使えそうなものを回収したらこの廃墟とは早いとこおさらばするぞ」


 俺はその辺に転がっている剣や盾、それに俺が着れそうな衣類などを拾って通学鞄に詰めていった。






 一通り城の中を物色した末、俺の持ち物は整った。


 とりあえず今の装備は鉄剣と丸盾と革鎧だ。金属製の武具は重いのでまともに扱える気があまりしないが、ないよりはマシだろう。


 それから一番大事な食糧だ。


 文明レベルの低そうなこの異世界にはもちろん冷蔵庫なんてないし、それに代わる魔法の道具的なものも見つからなかったので、保存が効く食べ物はあまり置いてなかった。


 ただ食糧庫にナッツやドライフルーツがあったので、持てるだけ袋に詰めておいた。


 これでしばらく飢える事はなさそうだ。


「ひとまずこんなもんか。ラーティはどうだ?」


「わたくしも準備できました」


 言われて振り返ると、金ピカ聖女がそこにいた。


 色とりどりの宝石をあしらった金のネックレスをジャラジャラとたくさんぶら下げ、全部の指に指輪がはめられている。腕輪も手甲かってくらい腕に通しまくっていて何かもう俺より防御力が高そうだ。


「……何やってんの?」


「もちろん旅の準備です!」


 得意げに胸を張るラーティである。


「いやおかしいだろ。なんで全身に装飾品ぶら下げてんだ。歩く宝石箱かよ?」


「歩く宝石箱! 詩的な表現ですね!」


「褒めてないからな!?」


 多少浮き世離れした女の子だとは思ってたが、俺の予想以上だ。こんなに装飾品いっぱい持ってどうすんだよ。


「ですが旅の資金は多いに越した事はありません。貨幣価値もわかりませんし、今後これほどの貴金属を得られる機会もあるかどうか」


「だとしても限度があるって。魔物より先に盗賊に襲われるぞ。大体王様の霊と会話できるなら貨幣価値とかも聞けばいいだろ」


「その手がありました!」


 いや気付いてなかったのかよ。


 そんな感じで俺達の旅支度は整ったのだった。

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