第四幕・四回目の出撃
上官「おいっ」
隊員「はい」
上官「おおいっ」
隊員「はい」
上官「おおおいっ」
隊員「はい」
上官「はいじゃねぇよ」
隊員「上官殿、目の玉が飛び出していますよ」
上官「何でお前がここにいんだよっ」
隊員「帰って来たからであります。(ピリッと敬礼)」
上官「なんで帰って来てんだよ」
隊員「やっぱ、ダメでした。てへっ」
上官「やっぱ、ダメでしたじゃねぇよ。なんだよその軽さ。お前、昨日の俺とお前のあの感動の場面は何だったんだよ。俺は感動の涙流しちまったよ。あの涙は何だったんだよ」
隊員「場に飲まれまして、てへっ」
上官「この野郎」
上官、飛びかかり馬乗りになって隊員の首を絞める。
隊員「わっ、お気を確かに。上官殿お気を確かに」
上官「もう俺が殺してやるよ。この場で今すぐ殺してやるよ」
隊員「ぐぐぐっ、じょ、上官殿ぉ~、おぎをだじがにぃ~」
上官「お前を欠片でも信じた俺がバカだったよ」
隊員「上官殿ぉ~」
上官「死ね。お前は今すぐここで死ね」
隊員「ぐぐぐっ、ぐ、ぐるじいぃぃ」
上官「死ねぇ~」
隊員「うぐぐぐっ、じょ、上官殿・・」
上官「死ね、お前は今すぐここで死ね。最初っからこうしときゃ、何の苦労もなかったんだ。俺が不眠症になることも、血尿出すことも、胃痙攣起こすことも、お前が出てくる悪夢にうなされることもなかったんだ」
隊員「ぐぐぐぐっ」
上官「死ね死ね」
隊員「ぐぐぐぐっ、く、苦しいであります」
上官「首絞めてんだから苦しいんだよ。当たり前だろ。この野郎ぅ」
隊員「ぐぐぐっ、やめれぇ~」
上官手を離す。
上官「はあはあ」
隊員「はあはあ」
お互い息を切らす。
上官「お前すき焼き食ったろうがよ。はあはあ」
隊員「はい、食いました。はあはあ、おいしかったであります。(なんとか敬礼)」
上官「じゃあ、すき焼き分死んで来いよ」
隊員「すき焼きでは死ねなかったであります。(ピリッと敬礼)」
上官「何食ったら死ぬんだよ。お前は」
隊員「そうですねぇ~」
上官「真剣に悩んでんじゃねぇよ。お前は満漢全席食っても死なねぇだろ」
隊員「そうでした。てへっ」
上官「てめぇ~」
隊員「上官殿ぉ~、やめれぇ~」
もう一度首を絞める。
上官「はあはあ、何なんだよ。お前のその図太さは。お前の母ちゃんの顔が見てみたいよ」
上官手を離す。
隊員「はい、うちの母ちゃんは、わたくしが次の日出征という日に、みんな涙ぐむ中ガバガバ飯を食ってげたげた笑っておるような女でありました。(ピリッと敬礼)」
上官「やっぱり、血なんだな」
隊員「はい、血であります」
上官「お前の母ちゃん、お前そっくりの図太さだな」
隊員「はい、体も太っておりました」
上官「なんか目に浮かぶよ。げたげた金歯むき出して笑ってるお前の母ちゃんの姿が・・」
隊員「はい、金歯剥き出してよう笑っておりました」
上官「・・・」
隊員「どうされたのでありますか。上官殿」
上官「俺はもう分からないよ」
隊員「何が分からんのでありますか」
上官「もうどうすりゃいいんだよ」
隊員「頭抱えて泣かんでください。上官殿」
上官「お前が言うんじゃねぇ。全部お前のせいだろうが」
上官もう一度首を絞める。
隊員「ぐぐぐっ、やめれぇ~」
上官手を離す。
上官「はあはあ、こうなりゃ、俺も意地だよ。ぜってぇお前を殺す」
隊員「上官殿、目が怖いであります」
上官「当たり前だ。俺はマジだ」
隊員「上官殿・・、目が血走っているであります・・💧 」
上官「自分で死ぬか。ここで俺に殺されるか選べ」
隊員「どっちも嫌であります(ピリッと敬礼)」
上官「え・ら・・ぶ・ん・だっ」
隊員「・・・」
上官「選べっ」
隊員「じ、自分で死ぬであります」
上官「よく言った。もう一度言え」
隊員「自分で死ぬであります」
上官「よしっ、本当だな」
隊員「はい」
上官「今度帰って来たら、お前の機体ごと俺が全力で撃ち落とす。いいな」
隊員「分かりましたであります(ピリッと敬礼)」
上官「よしっ」
隊員「・・・」
上官「なんだ。どうした。なぜ下を向く」
隊員「やっぱり、わたくしは死にたくないであります」
上官「・・・」
隊員「怖いであります。死ぬのが怖いであります。怖くて怖くてどうしようもなく無理なんであります。わたくしも上官殿に申し訳ないなって思って行こうと思うんであります。でも、怖いんです。どうしても無理なんであります」
上官「・・・」
隊員「怖いであります。死ぬの怖いであります。上官殿はかんたんに言いますけど、でも、やっぱり死ぬのは怖いんであります」
上官「・・・」
隊員「うううっ」
上官「お前は何か勘違いしている」
隊員「えっ?」
上官「天皇陛下のため、お国のために死ぬことは全然怖いことなんかじゃない。お前は英霊になるんだ。死んでお前は永遠に英霊として崇められ、みんなからありがたい存在として未来永劫拝まれ続けるんだ」
隊員「わたくしは、英霊になって拝まれなくてもいいですから、生きておいしいものをたらふく食いたいであります」
上官「バカ野郎っ(怒声)」
隊員「失礼いたしました。(ピリッと敬礼)」
上官「神民であるお前がそんなことを言ったら、天皇陛下はお悲しみなられるぞ」
隊員「はっ、失礼いたしました。(ピリッと敬礼)」
上官「お前は気づいていないだけなんだよ。自分がいかに幸せか」
隊員「えっ、わたくしは幸せであったのでありますか」
上官「そうだ。お前は世界一幸せ者だ。天皇陛下の御ために、お国のために死ねるんだぞ。こんな幸せはないぞ」
隊員「そうだったんでありますか」
上官「そうだったんだ」
隊員「まったく、知らなかったであります。(ピリッと敬礼)」
上官「お前はお国のために美しく散るんだよ。どうせお前の人生なんて食って寝て、時々マスかいて、それで終わりだろ」
隊員「多分そうであります。(ピリッと敬礼)」
上官「どうせ生きても、クソみたいな人生だ、お前の人生は」
隊員「はい、多分そうであります。(ピリッと敬礼)」
上官「そんなお前が最高に美しく死ぬことができるんだ。お前のその下らない最低の人生が最高の人生として終わるんだぞ」
隊員「はい、最高の人生で終わりたいであります。(ピリッと敬礼)」
上官「そうだろう。そうだろう。じゃあ、行ってくれるな」
隊員「はい、行くであります。(ピリッと敬礼)」
上官「お前は最高に美しく死ぬんだ」
隊員「はい、美しく死にます」
上官「特攻とは天皇陛下と大日本帝国とそれに殉じて死ぬ美しさだ」
隊員「はいっ(ピリッと敬礼)」
上官「特攻は、結果じゃない。美しさなんだ。美なんだよ。美学なんだよ」
隊員「はいっ(ピリッと敬礼)」
上官「天皇陛下のために、この素晴らしい大日本帝国のために死ぬことが美しいんだ。美しく、お国のために、日本国のためにその身を捧げる美しさなんだ。感動なんだよ。芸術なんだよ。芸術は爆発なんだよ。だから、死ね」
隊員「はいっ。死ぬであります。(ピリッと敬礼)」
上官「今度こそ頼むよ」
隊員「立派に散るであります」
上官「美しく散って来い。お前の母ちゃんも喜ぶぞ」
隊員「はい、母ちゃんも喜ぶであります。(ピリッと敬礼)」
上官「よしっ、じゃあ、今夜はお前のために俺が特別に隠し持っていたウィスキーを飲ませてやろう」
隊員「ありがとうございます」
上官「舶来ものだぞ」
隊員「はい、わたくし初めて飲むであります」
上官「そうだろうそうだろう。でも、これは他の奴には内緒だぞ」
隊員「はい、かしこまりましたであります。(ピリッと敬礼)」
上官「よしよし」
隊員「うううっ」
上官「どうしたなぜ突然泣く」
隊員「上官殿はやさしいであります。こんなダメなわたくしめのために最後まで親身になっていただいて」
上官「いいんだいいんだ。お前が立派な特攻隊員になって、美しく散ってくれれば俺はそれでいいんだ」
隊員「うううっ」
上官「だから、今度こそ頼んだぞ」
隊員「はい、大船に乗ったつもりでいてください。今度こそやり遂げるであります(ピリッと敬礼)」
上官「おっ、頼もしい言葉だな。はははっ、期待しているぞ」
隊員「はい(ピリッと敬礼)」
上官「ははははっ、これは本当に頼もしいぞ。ははははっ」
隊員「はい(ピリッと敬礼)」
戯曲・帰って来る特攻隊員 ロッドユール @rod0yuuru
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