第三幕・三回目の出撃

上官「・・・」

隊員「・・・」

 お互い見つめ合う。

上官「だから、なんでお前がいるんだよ」

隊員「帰って来たからであります(ピリッと敬礼)」

上官「だから、なんで帰って来てんだよ」

隊員「やっぱ、なんか僕飛行機乗りには向いてないっていうか」

上官「今さら?しかもそこ?」

隊員「はい、今になって気づいてしまったんですよね」

上官「じゃあ、なんでパイロットとか志願してんだよ。他選べただろうがよ」

隊員「いや、一番楽そうかなって」

上官「そういう理由」

隊員「歩兵きつそうかなって、走るの無理だし」

上官「確かにお前のその寸胴体形の突き出た腹で走るのは無理だな。ていうか、何でこの戦時下でそんなにぶくぶく太れるんだよ」

隊員「てへっ」

上官「てへっ、じゃねぇよ。ほめてねぇよ」

隊員「失礼しました。(ピリッと敬礼)」

上官「なんかもう、特攻いいから俺が首絞めて殺したろうかな」

隊員「申し訳ありません。(ピリッと敬礼)」

上官「ほんと、何で帰って来るのよ。俺はもう泣きそうだよ」

隊員「泣かないでください。上官殿(ピリッと敬礼)」

上官「うるせぇよ」

隊員「失礼いたしました。(ピリッと敬礼)」

上官「俺はさ。お前がちゃんと特攻してくれないから、もうストレスで今朝ついに血尿出ちゃったよ。最近は夜も眠れなくなっちゃったよ。不眠症だよ不眠症」

隊員「わたくしはよく眠れるであります。(ピリッと敬礼)」

上官「何で眠れるんだよ。これから特攻して死ぬって奴が何でグースカ寝れるんだよ。どんな神経してんだよ」

隊員「はっ、ありがとうございます。(ピリッと敬礼)」

上官「ほめてねぇよ」

隊員「失礼しました。(ピリッと敬礼)」

上官「俺はここ最近、毎日毎日悪夢にうなされて眠れないんだよ お前がまた帰って来るんじゃないか、また帰って来るんじゃないかって、俺の前にまたお前が現れるんじゃないかって、もうノイローゼだよ。最近じゃ、お前みたいな体形の奴見ると全員お前に見えるんだよ」

隊員「申し訳ありません。(ピリッと敬礼)」

上官「あんだけ約束したじゃない。絶対、特攻します。絶対、死にますって。言ったじゃない」

隊員「はい、言いました。(ピリッと敬礼)」

上官「じゃあ、何で帰って来るのよ。何で帰って来ちゃうのよ」

隊員「泣かないでください。上官殿」

上官「うるせぇよ。全部お前のせいだろ」

隊員「申し訳ありません。(ピリッと敬礼)」

上官「帰って来ないでよ。ほんと死んでよ。お願いだから死んでよ」

隊員「わたくしも死にたいと思うのでありますが、どうしても、帰って来てしまうのであります」

上官「うそつけ、お前またどっかで時間潰して適当に帰って来てんだろ」

隊員「てへっ」

上官「この野郎」

 上官、隊員の首を絞める。

隊員「うぐぐぐっ、じょ、上官殿、お気を確かに・・」

上官「お前は俺が殺す。もう俺の手で殺す」

隊員「うぐぐぐっ、おぎをだじがにぃ・・」

上官「死ねぇ」

隊員「ぐ、ぐるじい・・」

上官「死ねぇ・・、はっ」

 上官我に返り、手を離す。

隊員「はあはあ」

上官「俺はいったい・・」

隊員「苦しかったであります。上官殿。ゴホッ、ゴホッ」

上官「俺は一体・・、何をやっているんだ・・、大事な部下を絞め殺そうとするなんて・・、俺は・・」

隊員「上官殿、ドンマイ」

上官「この野郎」

 上官、再び隊員の首を絞める。

隊員「うぐぐぐっ、じょ、上官殿、おぎをだじがにぃ・・」

上官「はあはあ」

隊員「はあはあ」

 上官、手を離し、お互い激しく息をつく。

上官「もうさ、お前は敵艦突っ込まなくていいから、とにかく死んでよ」

隊員「作戦はいいんでありますか」

上官「うん、もうさ、そういうのいいからさ。とにかく死んでよ。特攻とか、作戦とか、敵戦艦とか、そういうのもういいからさ、その辺の海に落ちてでいいから死んでよ。すぐそこのさ、海岸とかでいいから。飛び立ってすぐその辺落ちちゃって。悲劇の事故ってことで片づけとくから」

隊員「そんなかんたんに処理されるんですか」

上官「ああ、そこはちゃんとしとくから」

隊員「敵戦艦はいいんでありますか」

上官「いいよ、もうそんなの」

隊員「では、わたくしはいったい何のために死ぬのでありますか」

上官「お前、図太い割に案外理屈っぽいね」

隊員「わたくしが死ぬとして、そのわたくしの死はいったい何なんでありますか。わたくしの生きた意味とはいったいなんだったんでありますか。生まれてきた意味は何なんでありますか。それだけでも教えてください」

上官「まあまあ、こういうのは形だから。形」

隊員「わたくしは形で死ぬんでありますか」

上官「そうだよ。形でいいんだよ。お国のため、天皇陛下のために死んだっていう形でいいんだよ。理屈なんかいいんだよ。それでみんな丸く収まるんだから。とにかく死んだらいいんだよ」

隊員「わたくしの死ぬ意味はいったい何なんでありますか」

上官「だから、意味なんかないよ。天皇陛下と大日本帝国。あるのはそれだけ。お前が意味なんか考えなくていいんだよ。そういうのはちゃんと後からついてくるから、なっ、だから、安心して死んで来い」

隊員「・・・」

上官「なんだよ急に黙って」

隊員「死にたくないでありますっ」

上官「うおっ、なんだよいきなり叫んで、びっくりするだろ」

隊員「死にたくないであります」

上官「いや、そこはもう散々話合ったじゃない。特攻するって言ったじゃない。お国のために死にますって言ったじゃない。うまいもんも散々っぱら食わせてやっただろ」

隊員「うううっ」

上官「今度はなんだよ」

隊員「うううっ、死にたくないであります」

上官「泣き出すのかよ」

隊員「ううううっ、死にたくないんであります」

上官「そんな鼻水垂らして泣くなよ」

隊員「生きていたいであります」

上官「う~ん、困っちゃうなぁ」

隊員「生きていたいであります。生きていたいんであります。ただ、生きていたいんであります。ただそれだけなんであります」

上官「・・・」

隊員「生きたいんであります。恥も外聞もなくわたくしは生きていたいんであります」

上官「・・・」

隊員「生きたいんであります」

上官「・・・」

隊員「ううううっ」

上官「・・・」

隊員「うううっ」

上官「・・・」

隊員「ううううっ」

上官「分かった」

隊員「えっ」

上官「分かった」

隊員「何が分かったのでありますか?上官殿」

上官「お前一人をいかせはしないぞ」

隊員「はい?」

上官「一億玉砕火の玉だ。俺もいずれは行く。みんなが行った後にな」

隊員「上官殿」

上官「俺も行く」

隊員「本当でありますか?」

上官「ああ、本当だ。その時が来れば俺も死ぬ覚悟はできている」

隊員「上官殿」

上官「分かったな」

隊員「はい、分かりました」

 二人は見つめ合い、感動に包まれ抱きしめ合う。

上官「じゃあ、明日は頼んだぞ」

隊員「はい、分かりましたであります。(ピリッと敬礼)」

上官「うんうん、立派に散って来いよ」

隊員「はい、見事に散るであります。(ピリッと敬礼)」

上官「なんだどうした。なんで泣くんだ」

隊員「こんなわたくしのようなダメ隊員のために上官殿は、こんなに一生懸命になってくれて」

上官「いいんだいいんだ」

隊員「申し訳ありません。こんなダメ隊員で申し訳ありません」

上官「いいんだ。いいんだ。お前みたいのを立派な特攻隊員にするのが俺の仕事だ。俺は逆に今猛烈に感動しているよ」

隊員「わたくしもやる気満々であります」

上官「よしっ、その意気だ」

隊員「はい」

上官「よしっ、じゃあ、今夜は御馳走だ」

隊員「はい」

上官「すき焼きだぞ」

隊員「えっ」

上官「とっておきの牛肉があるんだ。それをお前のために出してやる」

隊員「上官殿・・」

上官「泣くな。お前のためじゃないか。なっ」

隊員「はい」

上官「明日は立派に散って来いよ。お前ならできる」

隊員「はい。立派に散ってまいります。(ピリッと敬礼)」

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