第二幕・二回目の出撃
上官「おいっ」
隊員「はい」
上官「はい、じゃねぇよ」
隊員「・・・」
上官「・・・」
お互い、しばし見つめ合う。
上官「何でいるんだよお前がここに」
隊員「帰って来たからであります。(ピリッと敬礼)」
上官「なんでまた帰って来てんだよ」
隊員「だから、怖いって言ってるじゃないですか」
上官「なんで逆ギレなんだよ」
隊員「絶対無理だよあんなの」
上官「お前敵戦艦まで行ってないだろ」
隊員「えっ、なんで分かるんですか」
上官「特攻機は帰りの燃料積んでねぇだろ」
隊員「あっ」
上官「あっ、じゃねぇよ。お前出発してから適当に時間潰して帰ってきたろう」
隊員「なんで知ってるんですか」
上官「分かるよ。もうお前の考えてることなんか、全部分かるよ。脳みその小さなお前の考えることなんか全部分かるんだよ」
隊員「失礼しました。(ピリッと敬礼)」
上官「いいよ、そんなとこでかしこまらなくて。というかよく帰って来れたよね。昨日も散々っぱら飲み食いしたろうがよ」
隊員「はい、おいしかったであります」
上官「しかも、今朝、涙のお別れしたばっかじゃない。今度こそ潔く散ってきますってさ。みんな泣いてたんだよ。よく、顔出せるよね。俺なら絶対無理だよ。恥ずかしくて。切腹もんだよ」
隊員「ありがとうございます。(ピリッと敬礼)」
上官「ほめてねぇよ」
隊員「失礼しました。(ピリッと敬礼)」
上官「相変わらず敬礼だけは、立派なんだよなぁ」
隊員「はい、ありがとうございます」
上官「だから、ほめてねぇよ」
隊員「失礼しました。(ピリッと敬礼)」
上官「ガソリンだって貴重な時代なんだよ。遊びじゃないんだよ。分かってる?」
隊員「はい、分かっております」
上官「絶対分かってないだろ。お前」
隊員「分かっております」
上官「じゃあ、何で帰って来るんだよ」
隊員「・・・」
上官「頼むから死んでくれよ。俺の立つ瀬がないじゃない」
隊員「なんで、あなたの立つ瀬のために僕が死ななきゃならないんですか」
上官「何で急に態度デカくなってんだよ」
隊員「失礼しました。(ピリッと敬礼)」
上官「とにかく死んでくれよ」
隊員「だって、怖いんだもん」
上官「なに子どもみたいにかわいく言ってんだよ」
隊員「怖いであります」
上官「丁寧に言ったってダメだよ」
隊員「だって、怖いんでちゅ」
上官「赤ちゃんぽく言ってもダメだよ」
隊員「怖いんです♡」
上官「かわいく言ったってダメだよ」
隊員「・・・」
上官「・・・」
しばし、沈黙。お互い見つめ合う。
隊員「どうすりゃいいんですか」
上官「だから、特攻行けよ。ていうかなんで逆ギレなんだよ」
隊員「・・・」
上官「・・・」
しばし、沈黙。お互い見つめ合う。
上官「山下は立派に散ったよ(急に静かなトーン)」
隊員「・・・」
上官「お前の後輩だよ。お前の方が先に出撃したんだよ。お前恥ずかしくないの?」
隊員「・・・」
上官「山下は出撃前日の晩餐会で、お前みたいにバカすか食ったりしなかったよ。もう胸がいっぱいでさ。ほとんど箸に手をつけなかったよ。それをお前が横から分捕って山下の分まで食っちゃってさ」
隊員「食べないならいいかなと」
上官「むしろお前に死んでほしいよ。ほんと」
隊員「失礼しました。(ピリッと敬礼)」
上官「山下は結婚を誓いあったかわいい彼女がいたんだよ」
隊員「・・・」
上官「故郷に残した独り身の母親がいたんだよ」
隊員「・・・」
上官「それでも、お国のため、天皇陛下のため、その命を美しく捧げたんだよ」
隊員「・・・」
上官「あいつは泣いて俺に言ったよ。母のこと頼みます。彼女のことを頼みますって」
隊員「・・・」
上官「俺は涙が止まらなかったよ。そん時(ちょっと涙ぐむ)」
隊員「悲しいですね」
上官「何で他人事なんだよ」
隊員「失礼しました。(ピリッと敬礼)」
上官「お前故郷(くに)どこよ」
隊員「信州は上田であります。(ピリッと敬礼)」
上官「お前にもさ、おふくろさんがいるだろうがよ」
隊員「はい、やさしく私を育ててくれた母がおります。私みたいにとても太っております」
上官「そうだろうよ。お前みたいな図太いガキをやさしく辛抱強く育ててくれた母親がいるだろうがよ。その信州のさ、故郷にさ、どうせ田舎の貧しい農村かなんだろ。そこにさ、お国のため、天皇陛下の御ために散りましたって錦を飾れよ。喜ぶぞみんな。村総出で喜ぶぞ。最高の親孝行じゃないか。おふくろさんだって鼻が高いぞ」
隊員「はい、鼻高々であります」
上官「どうせ、お前の実家なんて貧しい小作かなんかの貧農だろ。生きて実家帰ったって、一生小作の貧乏所帯だよ。結局お前の人生で見せ場なんてここしかないぞ」
隊員「はい、私の人生の最大の見せ場であります(ピリッと敬礼)」
上官「だったらさ、なっ、行こう。なっ」
隊員「はい、行くであります」
上官「頼むよ」
隊員「はい。(ピリッと敬礼)」
上官「今度こそ頼むよ。死んでよ。絶対死んでよ。帰って来るなよ。もう、敵艦とかどうでもいいから、とにかく死んでよ。どんな死に方でもいいからさ。とにかく死んで」
隊員「はい。(ピリッと敬礼)」
上官「今度帰ってきたら俺がお前殺すから」
隊員「はい、分かりましたであります(ピリッと敬礼)」
隊員「あのぉ・・」
上官「なんだよ」
隊員「最後に・・」
上官「最後になんだよ。なんか滅茶苦茶嫌な予感するな・・」
隊員「食べたいなぁ・・、御馳走」
上官「やっぱりか。ていうかなんなんだよ。お前のその図太さ」
隊員「・・・」
上官「分かったよ。指くわえてそんな恨めしそうな目で見るな。これが最後だからほんとに最後だからな。ほんと今度帰ってきたら俺が殺すからな」
隊員「はい、ありがとうございます。絶対に死んでまいります。(ピリッと敬礼)」
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