忍び寄る足音

 グレイスは普通にえっちな女の子である。

 幾度も買いあさったそういう本によって事前情報はバッチリであり、

 だが、どうしても最後の一歩を踏み出せずにいた。


「……勘違い、されていた」


 その事実は確かにグレイスを傷つけた。

 だがしかし、それは逆説的に言うとこれまでグレイスは未だにリングの上に立てていなかっただけであるという証明にもなっている。


「否定されていた、わけではない」


 これまで散々女を抱きたいと言いながら、決して抱かれることはなかった自分。

 その事実を前にずっとマキナはずっとマキナから嫌われているのではないか、と常にどこかの頭の片隅で思い続けていたのだ。

 だがしかし、それは間違いであると知った。


『それにしても……そっかー、僕ってば既にハーレム状態ではあったのかー。ゴスペルのように毎晩セッ〇スすることだって夢じゃなかったのかー。やろうと思えば童貞を捨てることだって夢じゃなかったのか……早く教えて欲しかった』


 それどころかマキナという男はこんなことまで言っていた。

 リングの上に立った瞬間、別にもうそのまま勝利しても良いよ?というニュアンスが含まれた彼の言葉にもうマキナは


「もう……もうそういうことだよねぇ?」


 これまで、ずっと待てされていた。

 待て、待って、待ち続けて。

 毎日のようにマキナの所持品や抜け毛を集めて一人で慰め続け、ずっと最高の果実を目の前で垂らされながらそれでも耐え続けていたグレイスは───。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 ───もうとっくに限界であった。


「しょ、しょうがないよね?だ、だって……マキナが……マキナが僕を誘惑してくるのだから」


 もう、グレイスは血に飢えた獣よりも危険な状態だった。


「ふわぁ……」


 ついでに言うとだが。

 そんなグレイスの標的となっているマキナはその実、かなり初心である。

 英雄を目指す彼は己の知る英雄たるゴスペルが女にだらしない奴だったからこそ、女に囲むのを目指しているだけであって、別に女そのものに興味があるわけではない。

 ゆえに、マキナは未だに性行為の経験はなく、それどころかまともに女性と実際に触れあったことはない。

 何なら一人で自慰行為もしたことがないような男のである───しかし、マキナは三大欲求だけに生きているような男であり、かなりそれらが強めな部類ではあるが、そのうちの一つを未だ認識していない。

 

 更に言うと、マキナは既に成人済みを名乗り、酒を馬鹿すか飲んでいるような男ではあるが、その実未だ未成年である。

 幼年期のごたごたによってマキナは己の年齢を知らず、適当に本人がつけた年齢が今のマキナの年齢であり……その定めた年齢はぶっちゃけだいぶ上だった。


「……ふひ」


 そんな未成年で初心な一人の少年に成人済みの女性の不穏な足音が忍び寄っていた。

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