魔王の形代⑤

 両腕を失ったマキナは絶体絶命のピンチであると言えるだろう。


「……ふぅー」

 

 それに対して魔王の形代は一切油断することはなくただの人のサイズにまで小さくなり、両手両足揃う人型となった体を確認するかのように少し体を回す。


「行くぞ?」

 

「止まれ」

 

 今まさに地を蹴り、マキナの首を今度こそ跳ねるべくどこからともなく取り出した剣を持つ魔王の形代へと一言。


「……ッ」


 ただそれだけで魔王の形代の動きは強制的に止められてしまう。


「嫌だけど……こうなったら切り札を切るしかないよね」


 一つの魔法を極めた先にある世界魔法。

 自己の魔法から拡張するのだ。

 多くの魔法を極めた先にある魔導解放。

 新たな魔法より発現するのだ。


 すべての者たちが辿り着く極致であり、天上の世界こそが世界魔法と魔導解放である。

 それを軽いノリで発動させるマキナがぼそりと、切り札と口にする。


「……何を?」


 何か嫌な予感のする魔王の形代は身じろぎしようとするも……だがしかし、体は一切動かない。

 唯一動くのは口だけであった。


「……」


 静かに目を閉じたマキナの瞳から血が流れ始める。

 否、瞳だけではない口からも鼻からも耳からも……全身の穴という穴から血が噴き出し、巨大な血だまりが出来始める。


「神仏召喚」

 

 広がっていく血だまりからゆらりと伸びるものを何と評せばいいのだろうか?

 ただの黒い影がゆらりと伸びる……ただ、それだけだ。それでも見てはいけない。あってはいけないと理解する。


「……ぁ」


 だが、まばたきすらも出来ない魔王の形代では何も出来ない。

 何故か己の魂を縛り、何もかもをする気を奪う何かが己を這いずり回る経験のみをただ理解する。

 

「ぐ、なっ!?……ぁ」

 

 マキナより広がる血だまりが広がれば広がるほどにどんどん伸びる黒い影の数は増え、それらがゆっくりと魔王の方へと近づいていく。


「……何だ、これは。何なのだァァァァァァ!これはぁぁぁあああああああ!!!」


 長き時を生きる魔王。

 だが、何も理解出来ずにただただ叫ぶことしか出来ない魔王は自分へと寄ってくる黒い影に対して何も出来ることはない。


「……ぁ」


 黒い影に触れた魔王の形代は触れられたところより黒い染みが広がっていく。

 そして、魔王の形代はいくつもの黒い影へと触れられ、その身を一瞬で黒く染め上げ───すべてが黒へと染まったその瞬間に身を崩壊させて消えていくのだった。


「……ぐふっ」

 

 今度こそ魔王の形代は消滅し、世界魔法が崩壊する。

 それと共にマキナは崩れ落ちると共にゆっくりと己の瞳を空ける。


「ほら、次だ」


 そして、そんなマキナの体へと手を触れるものがまだ一人。

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