魔王の形代②

 マキナの前に立つのは魔王。

 ただ一人で世界を滅ぼせるだけの存在だ。


『……』


 だが、そんな魔王はすべてを犠牲にしたかつての勇者の手によって封印され、未だ本調子ではない。

 出せて二割だろう。


「……」


 それに対するマキナも決して本調子ではない。

 既に多くの魔力を消費しているし、それ以外のデバフも多い。何よりも既に相手の世界結界に囚われているというのが問題だった。


『死ぬが良い、餓鬼』


「消えろ、凡夫」


 そんな二人の争いは壮絶な魔法の打ち合いから始まった。

 火、水、土、雷、風───精霊、空間、即死、時間、崩壊。ありとあらゆる魔法が、その一つ一つで戦略をひっくり返せるような魔法が飛び交う。


「……」


『……グッ』

 

 そんな打ち合いの中で分配が上がったのはマキナの方であった。

 魔法の種類も、発動への無駄の無さも、同時に発動出来る数にもマキナは圧倒的に上だった。

 

『……動くか』

 

 魔王の形代は己の下半身より伸びる触手をうまく使い、動き出し───そして、次の瞬間にはマキナのすぐ目の前にまでやってきていた。


「……(はやい)」


 マキナは一切無駄のない動きでその場から後退しながら少しばかり魔王の形代の脅威度を自分の中で上げる。


「その程度で逃げると思うなよ?」

 

 魔王のデカさは規格外だ。

 どれだけマキナが逃げようとも魔王の形代はその巨躯でように詰めてくる。

 ただ、それだけではなく、下半身の触手の群れがうまく機能しているのか、マキナが何とか距離を取ろうとフェイントも交えたりなんかもして相手を抜けて背後を取ったとしてもすぐに触手をうまく使って振り返ってきてしまうため、あまり意味をなさなかった。


『まだまだ。余の腕は八つである』

 

 そして、魔王の形代は自身の身にある八つの腕すべてを使ってマキナの方へと伸ばしてくる。


「……ぐっ!?」

 

 自分の方へと伸ばされる八つもの腕をすべて回避し、魔法で一つ一つ斬り落としながら


『この身は余であって余にあらず。どこまでも再生するぞ』


 だが、一瞬にして元に戻る八つ腕が再びマキナへと牙を剥く。


「(困ったな……思ったよりも強い。というより近距離戦の強さが正直、かなり自分の想像よりも上だ。困ったな……)」


 マキナは未だ自分が負けるとは微塵も思っていない視線をその瞳に宿しながら、彼は淡々と魔王の形代の攻撃を捌いていく。


『ついで言おう。八つすべてが余の腕であり、魔法の発動も容易だ』


 八つ腕を使った力回せの暴力に今度は通常の人の三倍として出てくる八つの腕による大量の魔法。

 

「……最初の打ち合いの押し負けはただブラフか」


 マキナは己の平より八岐の大蛇を出現させ、八つ腕を押さえつける。

 その腕より放たれる魔法は問題。マキナが得意とする結界魔法は対物理ではなく対魔法用のである。

 魔王の形代の八つ腕ならともかくとして魔法であれば別だろう。


「……」


 マキナは淡々と一つ一つの処理をしていきながら魔法で逃げ回り続ける。

 一歩も足を地面につけずに。


『遅い』


「……ッ!」


 そんな応酬の果てに。

 最初に均衡を打ち破ったのは魔王の形代である。

 マキナが避けきれなかった八つ腕の一つで魔王の形代は彼を地面へと叩き落とす。


「はじけ飛べ」


 地面に倒れ、少しばかり血を流すマキナは腕を横に一振り。

 細かな魔法の技能などは何もなしに、ただ魔力を込めて振るっただけの一振りで魔王の形代の八つ腕も魔法も消し飛ばす。


『無駄だ』


 すぐさま再生を開始する魔王の形代であるが───それでもマキナが両手を合わせて魔力を昂らせる方が速い。

 一瞬でマキナの魔法の展開が終了する。


「魔導解放・魔ノ界・焔」

 

 マキナの手にあるのはただの小さな炎。

 彼の魔導解放は基本的に自然エネルギーを共として放たれる。


『無駄だ!ここは余の世界の中。貴様を味方とする者などいない!』


 だからこそ、知られていないのだ。


『……ぐっふ!?』


「ワンショット」


 ただの小さな炎だけでも十分すぎる威力を持っていることは。


『……ば、っかな」


 決して消えることなく紅蓮に光り続ける己の腹に空いた一つの巨大な穴を見ながら魔王は呆然と驚愕の声を漏らすのだった。

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