小国を蝕む癌
特にやることもなく小国で三日ほど滞在していたマキナたちはとうとうお願いしたいことがあるとしてシーフルへと呼び出されていた。
「本日はお越しいただきありがとうございます」
王宮の応接室で僕たちと向かい合って座るシーフルが深々と頭を下げながら口を開く。
「別にいいよ。このくらい、元より僕たちはここで暮らしているわけだしね」
シーフルの言葉にグレイスが答えを返す。
基本的にこういう場で勇者パーティーの代表として交渉事をこなすのはグレイスの仕事である。
「それで?今日は当然、マキナに助けを求めたい理由を聞けると思って良いんだよね?」
「はい。そのようになります」
グレイスの言葉にシーフルが頷く。
「事の発端は実に些細なことでありました」
そして、シーフルはゆっくりと話し始める。
「私たちの国は元より他国との関係が深くない国でありますから。近くの国が魔族の襲撃を受けてもそこまでの問題はありませんでした。手伝おうにも手伝えるだけのものもないですし、支援物質として少量の金銭と農作物をお渡しして終わりました。ですが……一つの魔物が、魔族たちが操っていた魔物の生き残りが我が国へと訪れたことですべての歯車が狂いました」
「(魔物の生き残り……?)」
シーフルの言葉を聞いているマキナが内心で首をかしげる。
ここら辺は南の方で暇になったマキナが手を伸ばしていた東の一帯だった。その際にマキナはしかと魔族も魔物も殲滅したはずであった。
「我々の国に精鋭と言えるような兵士はいませんでした。私が一部の兵士を率いて挑みましたが……勝てませんでした。私を慕っていた部下たちを、捨て駒として斬り捨てて彼らが時間を稼いでいる間に逃げるので私は精一杯でした。そして、その魔物は我々を支える命綱である農業地に大きな被害を与え、今でも時折その魔物が我らを攻撃して今も被害を出しています。今は国の方で保管している蔵の方から食料を出して凌いでいますが、それにも限界があるでしょう」
「なるほど。そういうことか」
グレイスがシーフルの言葉に頷く。
「であれば問題ない。僕たちは戦闘のスペシャリストだ。こと、戦闘面において僕たち以上のものはいない。僕たちで勝てないのならば世界の終わりだ。ゆえに、安心して僕たちを頼って欲しい。君の望む結果を出してあげよう」
「……ッ、ありがとう、ございます」
シーフルは体を震わせながら深々とマキナたちの方へと頭を下げるのだった。
■■■■■
善は急げ。
その言葉に基づいて早速へマキナたちはシーフルの案内で件の魔物が根城としているという場所へとやってきていた。
「あ、あいつ、です……」
その魔物は直ぐに見つかった。
荒れ果てたかつては畑であった場所、そこに眠るようにして丸まっている一つの狼が寝ころんでいた。
体長が500cmを超える異形とも言えるような巨体を持ち、その頭からは二本の立派な角と白銀の髪を伸ばす狼。
よく見ればパッと見は狼のように見えるがその細部は異質である。
六足の先には蹄があり、腹からは形容詞し難い様々な器官が溢れ出している。
「……ひっ」
濁った異形の狼の瞳を受けてシーフルは悲鳴を上げながら足を一歩引く。
どこまで行ってもシーフルはただの善良な一個人であり、子供なのだ。どれだけ賢くても己が手痛く敗北し、あまつさえすべての部下を奪った絶対に勝てない怪物を前にしてはどうしても足がすくんでしまう。
「少し……だけ不気味ね」
「なんじゃ?あれは……」
「……」
そんなシーフルには構っていられない……どこか異様な雰囲気を示す異形の狼に対してグレイス、レミヤ、レーテムは警戒心をあらわにする。
「はっはっは!面白いことをしてくれるじゃん!魔族たちってば!」
そんな中で、普段はあまり感情の色を見せることのないマキナが心底楽しそうな声を上げて、笑みを浮かべる。
「これは宣戦布告のつもりかな?わざわざ僕がかつて埋めた魔物を……我が家族の慣れ果てを持ってくるとは」
「「「「……えっ?」」」」
心底楽しそうに語るマキナの言葉に、さらっと告げられるとんでもない言葉に普段は声を出さないレーテムも含めて四人全員が困惑の声を上げる。
我が家族の慣れ果て……その言い方ではまるで、あれが、あの魔物がマキナの家族であると言っているようなものではないかと。
そして、グレイスたち三人の驚きはシーフルも大きい。
王家に、そう今、マキナの妹は王家に匿われて不治の病の治療中ではなかっただろうか、と。
「我が妹の得意としていた魔法は結界。ただひたすらに硬く、永遠に残り続ける結界である。そんな能力を元にただ一つのみに伸ばして伸ばして伸ばして。ただ一つの化け物として出来上がった我が妹。その実験の失敗作。どこから嗅ぎつけてきたのやら」
マキナは少しだけ己の過去を思いながら言葉を話す。
かつては人であった妹と交わした些細な会話を、心底くだらない会話の記憶を振り返りながら。
「……でも、この程度で僕を止められると思ったら大間違いだよ?」
先ほどまで浮かべていていた楽しそうな笑みを浮かべ、いつもの無表情へと戻ったマキナはゆっくりとかつて、殺す代わりにその意識を閉ざして地中に埋めて供養した己の妹へと近づいていくのだった。
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