ヤンデレ聖者レーテム

 国王からのお願いを快諾した後。

 グレイスとレミヤの二人は用事があるため、一時離脱。特に何もすることのないマキナとレーテムの二人で元いた応接室の方へと戻ってきていた。


「……うなぁー」

 

 そこでマキナは黒いローブに仮面を被り、己の素肌を一切見せない勇者パーティーの一人、聖者グレイスに抱っこされていた。


「好き……好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き」


「……(僕は別に男色じゃないんだけど、流石に恋愛対象は女だよね?)」

 

 そんなマキナは自分の耳元で呟かれるぐぐもった声を右耳から入れて左耳から流す作業に従事する。


「マキナも好き?」


「……あー、うん。好きだよ」


「……ふひっ」

 

 気色悪い笑みを漏らすレーテムに対してマキナは眉を顰めるが、彼は何の不満の声もあげずに抱っこされるがままにされる。

 

 マキナからしてみれば羨ましいことこの上ないが、毎日のように多くの女に囲まれているレーテムもレーテムなりの苦労があるのだろうと勝手に解釈しているマキナはこれも彼なりのストレス発散であろうと受け入れていた。

 受け入れなければ人とは思えぬ力で抱きしめられ、痛いし。


「好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き」


 マキナは自身の耳に入ってくる言葉と首元にかかる吐息に何も反応せずそのままで続けていたその時。


「……っと」


 マキナたちの方へと一筋の閃光が走る。

 マキナが常時展開している結界が閃光と幾ばくか競り合い、その後に音を立てて彼の結界が破られる。


「ぎゃふん」

 

 閃光によってレーテムの両腕が吹き飛ぶと共にその腕に抱きしめられていたマキナも一緒に吹き飛ぶ。


「大丈夫かな?」


 自身の手に握られていた聖剣を鞘へと仕舞ってから自身の足元に転がってきたマキナをグレイスはつまみ上げ、笑顔で口を開く。

 そんな彼女の足元には無惨に破壊された扉の後が転がっている。


「……死ね」

 

 それに対してマキナは魔法を発動。

 グレイスへと火球をぶつけて吹き飛ばす。


「いきなり聖剣で剣戟飛ばしてくるの辞めてくれない?びっくりするから」


「僕じゃないかもしれないだろう?」

 

 吹き飛ばされたグレイスは立ち上がりながら、心外だとばかりに口を開いて抗議の声をあげる。


「僕の結界をあんなにあっさり破れるのはグレイスくらいだよ」

 

「……っ」


 だが、自身の力とグレイスの力に全幅の信頼を置いているマキナは彼女の言葉を一蹴する。

 

「もー、地面転がった……汚い」


 グレイスのせいで応接室の床を転がったマキナは不満の声を上げながら服についた汚れを手ではらう。

 そんなことをしていると、いつの間にか斬り飛ばされていた両腕を再生させていたレーテムがマキナを抱きしめようと両腕を伸ばしてくる。


「嫌」

 

 だが、その腕を今度はマキナが転移魔法で回避する。


「また地面を転がりたくない」


「……ッ!?!?」


「……ふっ」

 

 拒絶を見せたマキナに対して、仮面の下でレーテムが愕然とした表情を浮かべ、それを見たマキナが小さくを笑みを浮かべる。


「ふふふ」


 そんな二人のやり取りを見ていたマキナが勝ち誇ったような表情で笑みを浮かべる。その笑みは勇者と言うよりも魔王と言った方が正しそうな勢いであった。

 勝ち誇ったような足取りでマキナへとグレイスが近づいていく。


「僕がマキナとどれくらいの付き合いだと思っている?やはり僕しかいないよね」

 

 そして、レーテムの代わりにマキナを抱きしめようとグレイスは両腕を広げてマキナへと飛びかかる。


「お前も嫌だよ?」


 そして、それをさも当然のようにマキナは結界を展開して防御する。


「……なんで?」

 

 拒絶されたグレイスは一瞬にしてその瞳から、表情から、その全てから感情という色が抜け落ちる。


「……なんでなんでなんで否定するのえだって僕たちは約束しただろう共に永遠に戦いライバルであり続けるとマキナも言ってくれたではないか唯一僕だけが自分の隣に立つに値するとなのになんでなんでなんで触ることも許可してくれないんだい僕が僕が僕が何かしたかあれかまだあのときのことを怒っているのか君の妹を話題に出してことをでも仕方ないじゃないかノアが僕たちのパーティーを抜けるなどという冗談を口にするから冗談だとはわかっていてもそれが悪質なんだよ反応せざるを得ないじゃないか仕方ないだろうそう仕方ないそうなんだよでもごめんね君の触れられたくないところに触れてしまってごめん許してほしいなんでもするから許してほしいなんでもするからどうかお願いだよ君にまで捨てられたら私は」

 

 その後にグレイスはマキナへと縋りながら堰を切ったように言葉を口から留めなく放出し続ける。


「……何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故」


 そして、グレイスに続いてレーテムも壊れたかのように一つの単語をぶつぶつと小さな、ぐぐもった声で仮面の下から漏らし続ける。


「なぁー」

 

 マキナの結界に張り付くようにブツブツと告げる二人にマキナが深いそうに眉を顰める。


「……うるさいよ?」

 

 そして、そのまま魔法を発動。

 茫然自失となっていた二人は世界最強の魔道士たるマキナが発動した睡眠魔法を防ぐことができず、そのまま地面に倒れる。


「これでよし!」

 

 ブツブツとうるさかった二人を爆速で処したマキナは満足そうに頷く。


「……わしがいない間に何があったのじゃ?」

 

 そして、用事を終えて応接室へと戻ってきたレミヤは扉が消し飛び、置かれていた椅子の一つが無惨な姿を晒し、グレイスとレーテムが床に転がっているという現状に困惑しながら首を傾げる。


「しーらない。レミヤ、お菓子食べたいから外行こ」

 

「の、のわぅ!?」


 床に倒れて爆睡するグレイスとレーテムの横を通り抜けるマキナはレミヤの手を取って応接室を後とするのだった。

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