神が如き魔法
スタンピード。
あまりに突然起きたスタンピードを前にして多くの者が困惑し、動揺しながらも己の街を守るため外壁へと多くの人が集まっていた。
「全員!落ち着きなさい!」
そんな中で鎧に身を包む一人の女騎士が声を張り上げる。
「私たちの目的は勇者様方の到着を待つこと!時間稼ぎよ!」
徐々に外壁の方に近づいてくる土煙。
数えるのも馬鹿らしくなるほどの大量の魔物たちを前にし、これから衝突する冒険者や領主に仕える騎士たちの間に動揺が広がるのを見かねて街を収める領主の三女であり、本人も騎士として戦う才女が人々の前に立って声を張り上げる。
「気張りなさいッ!ここでの敗北は街の敗北ッ!後ろにいる家族!恋人!仲間!そのすべてを守るためッ!踏ん張りなさい!」
女騎士は周りを鼓舞しながら己の手に握られている剣を掲げる。
「総員。突撃」
若くして騎士団の団長をも務める彼女は誰よりも前に立ち、先陣を切って雪崩のような魔物へと立ち向かっていき、そのあとを騎士団が続いていく。
「おらぁ!お前らも行くぞぉ!あの女の穴ががばがばで俺らじゃ勝てねぇかもしれないが、ここにケツの穴がちいせぇやつはいねぇだろうなぁ!?」
「アンタと同じ男色じゃねぇぞ!?こちらとらはよぉ!!!」
「わ、私は処女だぁ!?」
「良いこと聞いたなぁ!てめぇらぁ!盛り上がれぇぇぇぇえええええええ!」
「「「おぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」
「行くぞォ!」
それに続いて冒険者たちはこれまであったシリアスな雰囲気を一撃で破壊し、女騎士の恥を晒し上げながらも己たちを鼓舞し、いつものように魔物へと牙を剥く。
「ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!」
「うわぁぁぁああああああああああああああ!!!」
「クソったれッ!」
「ガァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
「うぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
人の雄たけびに悲鳴。
魔物の咆哮に耳につく汚い鳴き声。
鮮血が地面を彩り、ただのたんぱく質の塊が地面にぶちまけられる激闘の中で。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
うっかり自身が処女であることを公にしてしまった女騎士は数多の魔物に囲まれ、絶体絶命のピンチを迎えていた。
既に自身の身を強化し、人ならざる力を引き出していた魔力は枯渇しかけており、体に受けた多くの傷が自分の体の動きを鈍くさせている。
「……私は、もう……ここまで、か」
ついに膝をついて剣を地面に降ろした女騎士。
そんな彼女へと四方からにじり寄っていく……今まさに彼女の命は尽き果てようとしていた。
そんな時だった。
「よっと」
どこからか響いてくる美しいソプラノ声が響くと同時に女騎士の身を守るように小さな結界が展開される。
いや、女騎士だけではない。
この場にいる者すべてを守るようにして結界が展開されていた。
「……ぁ」
少し上を見上げれば天空を支配する一人の少年が地上を睥睨していた。
「……やっべ」
少女よりも小さく細い体に肩の高さで揃えられた綺麗な白髪。
端正のとれた美しい白い相貌に浮かぶ月のように輝く金色の瞳。
実年齢よりも更に幼い小さき童のように見える彼であるが、その所作にはどこかゾッとするほどの色気を感じさせる。
そんな少年。
勇者パーティーの一員であり、魔導士としての名誉を欲しいがままにするマキアが何事かをつぶやいたと思った同時に巨大で美しい杖を顕現させ、それを構える。
「すぅ……」
ただ一息。
それだけでマキナはこの場の雰囲気が一変させる。
「……これが、彼の……魔法」
魔法。
それはすべての生命に宿りし魔力でもってこの世の理へと干渉することで奇跡を起こす秘術。
決して一人の人間が有していて良いとは思えぬ膨大な魔力を昂らせるマキナは強大な魔力を練り上げていく。
それだけではない。
空気中に漂う星の管理者たる微精霊たちがマキナに引き寄せられていく。
マキナの金色の瞳が全ての精霊たちを魅力し、その小さくも艶やかで真っ赤な唇より漏れ出す甘い吐息が精霊たちの理性を溶かし、その身をマキナへと委ねだす。
マキナの膨大な魔力が、微精霊たちの格別な力が織り交ぜられ、高度に練り上げられた破壊的なエネルギーを蓄える巨大な杖の先端にある宝玉が光り輝きだす。
「神の怒りを知れ───雷霆の叢雨」
何もかもが消え、空気が胎動する。
「……なに、これ」
そこで起きたのは純粋な暴力であり、圧倒的な破壊であった。
何もかもを染め上げる白き閃光にすべての音をかき消し、人の鼓膜まで超越した形状しがたき音。
────ッ
女騎士の五感が一瞬にして奪われた後。
残ったのはただの破壊跡だ。
当然、魔物など塵も残らない。
後に残るのはマキアの結界によって身を守れていた人間たちだけである。
「っと」
神が如き審判。
人を超越したとしか思えぬ絶技を披露したマキナがゆっくりと地上へと降り立ち、今回のスタンピードに対抗するための軍勢を率いる責任者であった女騎士の方へと視線を送る。
「……ッ」
そんなマキナと視線を合わせる女騎士は息を呑み、何か見てはならぬ者を見てはならない者を見ているかのような錯覚を覚える。
同じ人を思えぬ美貌を持つマキナが、神が如き審判を下したマキナが少女の目に神が如くに映り───頭が目を逸らせと叫び、本能がただ呆然とマキナの方へと視線を送り続けさせる。
「……」
何も言わずにゆっくりと女騎士へと近づいてくるマキナは神聖さを漂わせており、少女は思わず膝をついて拝みそうになる。
巨大なクレーターが出来た場所へと目もくれずに修復している彼の魔法が後光のようにマキナを照らしているのにも大きな問題があった。
「……ぁ」
後光を背負い、歩くだけで背後に緑が溢れていく少年を前にして神と思わない者なんていないだろう。
それだけの神聖さであった。
「ごめん、ちょっとおく……ゲップッ」
「……え?」
そして、そんな少年の神聖さは特大のゲップと共に露と消えるのであった。
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