馬鹿野郎ーっ!マキナ

「……んなぁ?」

 

 ぐっすりと安眠していたマキナは突如として水をぶちかけられ、闇へと沈めていた思考をゆっくりと浮上させる。


「……何さ」

 

 最悪の目覚ましによって目を覚ましたマキナは眉を顰めて口を開く。

 目の前にいるバケツを手にしたガイストに向けて。


「どんなところで寝ているんだよ」


 それに対してガイストは呆れたように呟く。

 そこら辺の裏路地で腹を出して熟睡しているマキナを前にすればどんな人間であっても呆れた態度を見せるだろう。

 決して勇者パーティーの一員であり、英雄と名乗る男の寝床ではなかった。


「この世界はすべて僕の庭だ。どこで寝ようとも自宅で寝ていることと大差ない」


「……お前が言うとマジに聞こえるバグがあるからやめろ。それよりほれ」


「ん?」

 

 マキナはガイストの差し出した手を前に首をかしげる。


「金だよ!金!言わなくてもわかるだろうが!」


「あぁ……金か。言っておくけど僕は金に困っていないから言われないとわからないよ?」

 

 マキナはガイストの言葉の言葉に対して納得が言ったように頷いて自分の服のポケットに入っていた金貨を一枚乗せる。


「足りる?」


「十分すぎるほどにな。おつりは貰うぞ?金には困っていないんだろう?」


「別に構わないとも。僕は阿保みたいに持っているしね」

 

 ガイストの言葉にマキナが快く頷く。


「……ッ!こ、こんなことにいたんですか!?マキナさん!それと……ガイストさんも」

 

 本当に地面の上に眠っていた男たちなのかと疑いたくなるような成金感丸出しのやり取りをしていた二人の元に焦った表情の冒険者ギルドの職員が駆け寄ってくる。


「……ぁあー、ギルドのお姉さんじゃないか。何か用?」

 

 二日酔いなのか。

 頭を押さえながらゆっくりと立ち上がるマキナは自分の元にやってきたギルドの職員のお姉さんへと視線を向ける。


「スタンピードです!至急応援をッ!!!」


「……スタンピード?」

 

 ギルドのお姉さんの言葉にマキナはゆっくりと首をかしげる。

 スタンピードとは突然変異として生まれる強力な魔物を旗印として数多の魔物が人類の生存圏へと雪崩となって押し寄せてくる現象である。

 

 それが起きたとギルドのお姉さんは告げるんのだが、仮にも勇者パーティーの一員であり、数多の情報が集まってくる立場にあるマキナはスタンピードを起こすような魔物が誕生したなんて言う話は聞いていなかった。


「そうです!スタンピード!どうやら魔王軍が主導しているみたいでして……これまで気づけなかったんです!」


「……向こうさんはどれだけ余裕あるんだが。相手の軍団をボコボコにしたばっかじゃん」

 

 魔王軍の四天王の一人によって率いられた魔王軍の軍勢を圧巻の才を持つ一組の男女が壊滅させ、魔王軍四天王を打ち取ったのが今より半年ほど前だ。

 この一件によって大きな被害を被った魔王軍はしばらく動けないだろうと人類のお偉いさんたちは考えていたのだが、その予想はどうやら外れていそうだ。


「僕たちが滞在しているこの街でスタンピードとか……絶対に足止め目的じゃん。だるぅー」


 スタンピードはその影響を抑えるのが困難な現象である。

 一度動き出した数多の魔物はその旗印となった強力な魔物を失っても止まることなく全滅するまでひたすら突撃してくる。

 それ故にスタンピードを制圧するのはそこそこ時間かかるのだ。


「上はなんと?」


「そ、そこまでは……」


「あぁ、そうだね。ごめん。君が知っている内容ではないか……とりあえずは第一陣は消し炭にして面倒な第二陣が起こる前に上の判断を仰げばいいか」


 どれだけ無様を晒そうともマキナは勇者パーティーの一人であり、世界最強の魔法使い。


「……おぇ」

 

 人類の危機ともあれば真面目な顔で立ち上がるのだ……立ち、立ち上が……意気揚々と立ち上がったマキナは一瞬にしてその真っ白で美しい肌を青白く染め上げてそのまま地面へと転がる。


「ま、マキナ様ァッ!?」


「ヤバい……二日酔いだ。頭痛い」

 

 しこたま酒を飲んだマキナは当然の如く二日酔いを抱えていた。

 マキナは立てなかった。


「「……」」

 

 ガイストとギルドのお姉さんは半泣きになりながら痛む頭を押さえて気持ち悪そうにしているマキナを見て何とも言えない表情を一瞬だけ浮かべるが、それは本当に一瞬だけであり、瞬く間にその表情が青くなっていく。


「お、お前が動けないのは不味いだろッ!?」


「だ、大丈夫ですか!?」


「だいじょばない。でも、ちゃんと戦いはするよぉ……うっぷ。ガイスト。僕を運べ……魔物くらい二日酔いの状態でも問題なく叩き潰せるけど、歩くのは辛い」


「それは謎過ぎる……が、了承した。じゃあ、そういうことなんで俺は急ぎます」


 マキナを背負い上げて、ギルドのお姉さんへと頭を下げるガイストは大人しくマキナの足となって走り出す。


「……うっぷ」


「……ん?」


「オロロロロロロロ」

 

「馬鹿野郎ーっ!!マキナ! どこで吐いている!?ふざけるなーっ!!」

 

 ガイストの背中へと思いっきり胃の中のものをリバースし、怒鳴られてるマキナをギルドのお姉さんはただ心配そうに見守り、自身の住まう街が救われることをただ祈ることしか出来なかった。 

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