ヤンデレ勇者グレイス
一般の冒険者も利用する大衆酒場に入り浸るマキナであるが、その仲間である勇者パーティーはそうではない。
勇者を含め、全員が平民とは縁もゆかりもない高貴なる存在であり、当然。
マキナの仲間たちが食事する場も大衆酒場などではなく、個室付きの高級レストランであった。
「うがぁぁぁぁぁぁああああああああああああああ!!!」
そんな場所に意気揚々と安酒で悪酔いするマキナが突撃してくる。
「おや、マキナじゃないか。僕たちに何の用だい?」
そんなマキナに対してグレイスは柔和な笑みを浮かべながら優しく対応する。
「ふんにゅ!」
だが、マキナはそんなグレイスの言葉に対して謎の声で返し、グレイスたちが食事を取っていた個室の中を確認する。
個室の中にはマキナを除く勇者パーティーの三人が勢ぞろいしていた。
いついかなる時であろうとも白銀の鎧を身につけ、短く揃えられた黒髪にきれいなアメジストの瞳を持った背の高いイケメン、勇者グレイス。
その背格好を大きな黒いローブで完全に隠し、顔も仮面で完全に隠しているせいでその姿から何の情報を得る事もできない不気味な僧侶、聖者レーテム。
マキナほどに小さく、露出の多く動きやすい服装に身を包んだマキナたちへと男と名乗ったツインテールを持った可愛らしい武道の高弟、拳聖レミヤ。
自分と同じく勇者パーティーとして全世界からの名声を集める勇者パーティーの面々が勢ぞろいしていることを確認したマキナは大きく息を吸い、口を開く。
「勇者パーティーなんてやめてやるぅぅぅぅぅぅううううううう!!!辞表だ!辞表ぅ!辞表をプレゼントフォーユーじゃぁ!!!」
「ははは」
血気盛んに捲し立てるマキナに対してグレイスは苦笑を浮かべる。
「待遇が悪かったわけじゃない!君たちの態度が問題なのではないぃ!問題はイケメンであることぉ!イケメンは、死ぃ!ギルティ!イケメン税を導入しろぉ!僕の女を返せぇ!女を寄越せ!」
「「「……」」」
一人で大荒れするマキナを前に三人は小さくため息を吐く。
「ふん!わしらがいれば十分じゃろうて!共に戦う仲間でもあるじゃろう?」
「テメェらなんぞいるかぁ!ごふっ!?」
レミヤの言葉を一瞬で切り捨て、仲間であるはずの三人を要らないと即答したマキナに対してグレイスは拳を振るう。
「な、な、な、なんでぇ!?」
勇者であるグレイスに殴られたことで地面を転がったマキナは殴られたせいで腫れ上がった自身の頬を押さえながら疑問の声を叫ぶ。
「あっ、ごめん……つい、ね?」
それに対してグレイスは自分自身も狼狽し、意味がわからないと言ったような表情をで謝罪の言葉を口にする。
「つ、つい!?ついで殴られた!?」
そんなグレイスの言葉にマキナは涙目で困惑の声を上げる。
「う、うう゛ん!と、ともかく!」
「ともかくぅ!?殴れたのに!?親父にもぶたれたことないのに!」
「マキナは難病を患えている自分の妹が王家からの支援を受けて生きながらえていることを忘れた?」
「はぐっ!?」
マキナはグレイスに痛いところを突かれて言葉をつまらせる。
「ず、ずるいぞ!人の命を秤に乗せるなんて!」
「それは、僕だって申し訳なく思っているよ。それでも魔王を討伐するには君の力が、僕たちには君の力が必要なんだよ」
勇者パーティーからの脱退を望むマキナが未だに抜けていない理由は自身の妹の存在である。
世にも珍しい難病を患っている妹を延命させられるのが豊富な資金力と影響力で高価かつ希少な薬草の数々を集められる王家だけであり、マキナは不治の病とされている妹の病を治すための魔法を生み出すまでは王家に頼り続けなくてはいけないのだ。
「……ぐぬぅ!!!」
王家がマキナに力を貸してくれている理由は世界を助ける勇者パーティーの一員だからというのが理由である。
「ひ、卑怯だぁ!」
「ごめんね。それでも、明日からもよろしく頼むね?」
「……明日、僕ってばやることなかったよね?基本的に狭いダンジョンで僕のやることなんてないし。敵も雑魚やし」
「あっ、そうだったね」
「……今から昼くらいまで魔法の研究しているから僕の部屋に来ないで勝手に行ってて」
「うん。わかったよ」
「……はぁー」
最初の勢いはどこへやら。
すっかり意気消沈してしまったマキナはとぼとぼと個室の出口へと向かっていく。
「ぶぇぇぇぇぇえ!!!お前らぁバカァ!ろくでなしぃ!!!必ず抜けてやるんだったなぁ!ふんっ!!!」
前言撤回。
部屋を出ていく寸前に捨て台詞を残したマキナは元気いっぱいだった。
■■■■■
マキナが出ていった後のグレイスたちは自然と解散し、各々の宿泊先へと戻っていた。
「ふぅ……」
自室の部屋についたグレイスは自分の身を守る鎧を脱いでいく。
自身を身に着ける者の体型を自分に近づけるという自分本位な勇者専用の神器である神天の輝鎧を脱ぐと共に露わになるグレイスの豊かな胸部。
鎧をつけていた時にはわからなかった実に女性らしい姿を見せるグレイスはゆっくりとベッドへと体を倒す。
「……マキナ。君にはもう僕がいるのに」
鎧の下に来ている黒いインナーの中で蒸れている胸の前で手を交差させるグレイスはハーレム願望を口にし続けるマキナの不満を口にする。
「マキナ」
グレイスの視線は自分の寝っ転がるベッドの上、天井に張り付けられているマキナの大きな写真へと向けらえる。
かつて、最高難易度と称されているダンジョンを攻略した際に手にした魔道具によって記録された写真だ。
「ふふふ……」
ベッドの上に転がるグレイスは天井いっぱいに広がるマキナの写真を見ながら笑みを漏らす。
否、天井だけではない。
壁にまでびっしりとマキナの写真が貼りつけられ、グレイスはマキナの写真に囲まれる形となっていた。
「……んっ、マキナぁ」
暗い高級宿の一室で。
一つの歪んだ愛情を持った女の少しばかり暑い夜が過ぎていくのだった。
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