第60話 呪縛
婀珠は涙目を見開く。
『叔父様が、王に……?』
『そうだ。今の王朝――
だから私は玉座を簒奪する。そして、新たな王朝を――新たな銀桂を創る。
意志強き宣言に、婀珠は釘付けになった。彼女の弱りきった心にとって、叔父の言葉は救いにして希望だった。
『この際だから言うが、銀桂には代々王と御史大夫しか知らない隠密部隊の〈鴆〉がある。幸い、私は彼らの指揮官を担っているから、銀桀を出し抜き、上手く彼らを説得すれば内部から王朝を崩すことができる』
『隠密部隊……』
『成し遂げるには相応の時間がかかるだろう。それに、もしかすると私が手を下す前に、鸞の呪いによって銀桀の天命が尽きるかもしれない。……まあ、奴が死んでくれるなら願ったりかなったりなんだが、私が直接手を下すに越したことは無い』
『叔父様』
『何だ?』
『この子を……稟玫を、その隠密部隊に入れてくれませんか』
突拍子もない提案がなされ、鶖保は思わず呆気にとられる。
『な、何を言って――』
『本当は私が叔父様に付いて直接力になりたい。でも、私は宮廷を追い出された身です。素性が露呈してしまっている以上、再び宮廷に潜り込むことは難しいでしょう』
でも、この子がもう少し成長すれば、誰も夭逝した第一公主だとは分からないはず。
野心に満ちた瞳が娘を捉える。
稟玫はそんな母の心意を知る由もなく、小首を傾げた。
『だが、髪色で勘づかれるのでは……』
『王家にしかない白銀の髪とは違って、私たちの髪色はごく普通のありふれたものです。誰も真っ先に第一公主だとは思わないでしょう。それに、この子は憐れなことにもういない者とされている』
今度は婀珠が稟玫をひしと抱きしめ、彼女の耳元で囁く。
彼女の人生を運命づける呪縛の言葉を、暗黒の憎悪を伴った明瞭な音で。
『いい? 稟玫。私たちを
奴らをあなた自身の手で葬り去って。
鶖保の口から紡がれた経緯に、白琳は言葉を失った。
もし、彼の過去語りが真実であれば、稟玫はこの十数年、ずっと復讐のために息を潜めて生きてきたことになる。母の
「その後、稟玫は私が引き取って秘かに育てました。私の意志に賛同してくれた〈鴆〉の面々にも協力を仰ぎ、彼女にありとあらゆる隠密の術を教授しました。勿論暗殺の心得も」
稟玫は依然として冷血な面持ちを維持していた。だが、薄っすらと記憶に残っている母の負の感情に満ちた形相を思い出し、僅かに短剣を握る力を強めた。
「ですが、稟玫を隠密部隊に入れる前に、銀桀はあっさりと逝ってしまいましたがね。本来なら我々の手で直接あの世に送ってやりたかったのですが、致し方ない」
幸いにも一人、我々の
鶖保と稟玫の冷酷な眼差しが白琳を射抜く。
白琳は
「わたしが王族の印をもって生まれたから……女王としての地位が与えられたから、掩玉――いえ、稟玫を侍女として近づけて殺させようとしたのね」
「半分は当たっています。しかし、もう半分は別の理由です」
鶖保の答えに、白琳は
「貴女は金桂との和平を実現させ、今後は国交を整備し、果ては桂華国を再興させたいと仰っていた。私が一度でもその提案に賛成したことがありますか?」
「やはり、金桂との交誼を防ぐために……!」
「偵察に向かわせた稟玫から報告を受けた時は正直驚きました。まさか、金苑でご歓談されていた折にあの金桂君を
「籠絡などでは無いわ! わたしはただ、殿下とそれぞれの過去と自身の考えについて語り合っていただけで――」
そこで、白琳ははっとして口を噤む。ある一つの憶測に辿り着いたからだ。
——そういえば、理玄様の御母上はお父様の謀略によって寝返った六将軍の一人に御命を奪われてしまったはず……。
そして、かねてより溝があった女王と六将軍の関係性をどこで知られたのかは分からないと、理玄は言っていた。
「まさか、凛乎様と彼女を裏切った六将軍との確執は、隠密部隊が……」
「おや、金桂君からお聞きになっていたのですか? そうです。銀桀の命を受け、私が部下に敵方の女王や六将軍に何か弱みは無いかを調べさせました。
やはり、黒幕は隠密部隊——鶖保と銀桀の差し金だったのかと、白琳は眉根を寄せる。
残虐非道——。身内を襲った理不尽があったとはいえ、それ以前に人倫から大きく逸脱した愚行に手を染めたことに変わりはない。
悲嘆や絶望よりも、抑えきれない怒りが湧いた。
こんなにも全身が熱く、燃え上がるような怒りは初めてだ。
「なんてことをっ……‼」
「お怒りになるのは分かりますが、陛下。どうやら貴女は御自分の置かれた状況がどれほど深刻なものか分かっていないようだ」
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