第61話 絶体絶命

 鶖保は白琳の元に歩み寄り、片膝を立てる。


「愛する民同士が争い合うなか、貴女はもうすぐ弑逆されようとしているのですよ?」

「っ……。国交と桂華再興を民に吹聴し、和平反対派を扇動して暴乱を起こさせたのも全部、あなたね」

「それについてはもう聞くまでもないでしょう。以前貴女が和平交渉成立を官吏たちに報告した際、一部の者が納得できていない様子でした。だから彼らに貴女様の真のお考えを伝え、各地で喧伝けんでんしてもらったのです」


 両国が手を取り合うことに合点がいかない彼らなら、喜んで協力してもらえると思いまして。


 口の端を吊り上げて立ち上がる鶖保に、白琳は苦々しい顔つきになる。


「私としたことが、長話が過ぎましたね。さて、あちらもそろそろ侵攻を開始した頃でしょうか」

「侵攻?」


 白琳が呟いたところで、彼女たちの応酬を見つめていた梟俊が口を開く。


「侵攻とは一体何のことだ⁉」

「決まっているだろう。金桂への領土侵攻だ」

「なっ……!」


 梟俊同様、白琳も思わず目をいて声を荒げる。


「なぜそんな勝手なことを!」

「勝手ではありませんよ。現に、六師代理の許可は得てありますから」

「蒼鷹の……⁉」

「代理といっても、六師としての権限は今のところ全て彼にあります。ゆえに、彼自身の采配で自由に六軍を動かせるというわけです」


 急所を突かれ、白琳は反言出来なかった。


「彼は今、他の六将軍三人を連れて進軍しているはずです。金桂軍の動向監視につけていた東軍を筆頭に、停戦状態になってから各群に戻っていた六軍兵を再召集してね。まあ、周囲にバレないよう六将軍を説得し、秘かに兵を召集するには手間と時間がかかりましたが」

「どうして、蒼鷹も……」

「五日前、彼に提案したのです。私と手を組んで陛下を弑逆し、金桂を攻め滅ぼさないかと」


 白琳と梟俊は絶句する。


「彼は私の計画を聞くや否やすぐに頷いてくれましたよ。自分も陛下の考えには理解しかねたし、何より金桂を滅ぼす点に関して異論はないと」


 獰悪どうあくな太尉の参画を聞き、白琳は怒りや呆れを通り越して冷静な声音で問う。


「……翡翠は今どこに?」

「さあ、銀漢宮ここにいることは間違いないかと。いくら光禄勲と言えど、熟練の暗殺者たちを前に無傷ではいられないでしょうね」

「っ――!」


 彼の安否が気がかりで白琳が身じろぎしたところを、兵が強制的に押さえつける。


『陛下!』


 梟俊と美曜が叫ぶ。


「稟玫」

「はい」


 鶖保に呼ばれ、稟玫は六軍兵に美曜を預けた後、鶖保から直刀を受け取る。そして、鞘から白刃を抜き、白琳にゆっくりと近づく。


「やめろ!」

「やめろと言われてやめる者が何処にいる」


 梟俊の制止に、鶖保が睨みを利かす。


 ——せめて、梟俊と美曜だけでもっ……!


 必死に突破口を探すが、兵たちに拘束されているうえに、麻痺状態の身体では彼らの手から逃れたところで自由に動けない。


「ご覚悟下さい。陛下」

「稟玫……!」

「貴女に玉座は相応しくない」


 ——どうすればいいの……!


「母上の思いに応えるためにも」


 ——どうすれば……。


「今日、ここで死んでいただきます」


 鈍く光る刃が振りかざされる。

 梟俊と美曜が何か叫んでいるが、もう何も聞こえなかった。

 焦燥と絶望、憤激、悲嘆、諦観など数多の感情が自身を呑み込み、何も考えられなくなる。

 しかし、一瞬走馬灯のようにかの者の姿が脳裏を過った。



 

 理玄様…………。




 

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