第46話 食べたいもの

 繁華街の大部分を占めるのは、飲食店あるいは衣服や工芸品などを取り扱う商店だったが、なかには歌や舞を披露する劇場も散見された。そのうちの一つに足を運び、蠱惑こわく的な歌唱と演舞を堪能した後、白琳たちは一旦昼餉をとることにした。


「何か食べたいものはあるか?」


 理玄に問われ、白琳はあたりの飲食店を見回しながら答える。


「そうですね……。どのお店のお料理も美味しそうなので、良ければ理玄様のおすすめを教えていただけると。翡翠、あなたは?」


 まさか自分に話が回ってくるとは思わず、翡翠は「私、ですか……」としどろもどろに返す。


「私は白琳様がお選びになったところで大丈夫です」

「それはつまり、俺が勧める店でいいということか?」

「……はい。殿下、一人称が変わっていらっしゃいますが」

「別にいいだろう。貴殿とは一度本気で剣を交えた仲なんだ。それに、『私』と自分自身を飾るのは好きではない」

「はあ……」

「白琳殿と同じように、貴殿も殿下ではなく名前で呼んでもいいぞ」

「お断りいたします」


 仲が良いのか悪いのか、いずれにせよ理玄も翡翠も等身大の青年同士気兼ねなく接しているので、白琳は微笑を浮かべた。


 おすすめを教えて欲しいということなら、と理玄が白琳たちに紹介したのは店頭で様々な点心を販売している茶館だった。店内での飲食だと外衣を脱ぐことになるので、絶対に身分が露呈してはいけない都合上、気軽に外で食せるものがいい。となると、持ち帰り用の金桂饅頭きんけいまんじゅう金餅きんぺいが最適だと理玄は言った。だが――


「やはり行列ができているな」


 絶品の点心が味わえることで有名だったその店は常時行列ができており、絶大な人気を博している。他の店に赴いてもいいが、この時間帯は皆昼餉をとるという目的が一致しているため、どこもいっぱいだ。


「仕方が無い。俺が列に並んで三人分の点心を買ってくる。二人はそこの休息場で待っていてくれ」

「そんな、理玄様お一人で向かわせてしまうのは申し訳ないです。ここはわたしたちが……」


 仮にも眼前にいる青年は金桂君――この国で最も尊き御仁なのだ。そんな人に使いのような真似をさせるわけにはいかないし、ただでさえ街を案内してもらっているというのに彼の言葉に甘え続けるのも忍びない。

 けれども理玄は口の端を吊り上げて言う。


「では聞くが、白琳殿は金桂の通貨を持っていらっしゃるのかな?」

「あっ……!」


 そう言えば、先ほどの観劇料も全て理玄が支払ってくれたのを思い出す。後ほど料金を返すと申し出たが、『俺が誘ったのだから気にしなくていい』と固く断られてしまった。


銀桂そちらの通貨では当然こちらのものを買うことはできない。それに、元はと言えば今回の街歩きは俺が提案したのだから費用を全てこちらがもつのは当たり前だ」

「でも……」

「白琳様。今日ばかりは殿下の御言葉に甘えることにしましょう」


 これ以上は埒が明きません。


 翡翠に言われて、白琳は渋々理玄が店に向かうのを見届けた。

 理玄が列に並んでいる間に、白琳と翡翠は近くにあった休息場の榻に腰掛けた。

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