第4章 異郷閑歩

第45話 街へ

 翌日の朝。白琳と理玄は各三公を呼び集めて会談を開き直し、互いの意向を擦り合わせた。


 まず、和平交渉の成立により現在中央荒原に残存している軍営は全て解体することになり、更には正式な国境線が引かれることになった。

 国境線は中央荒原と銀桂国の間にある西矛山せいむざんを目印とし、西矛山から以西が銀桂領土、荒原から以東は金桂領土に決定した。つまり、中央荒原全てが金桂領土となったわけである。

 それゆえ金桂国土が銀桂よりも大きくなり、国力増強にも繋がった。また、荒原全てを金桂領土としたのは白琳たっての希望だった。


「この戦は元はと言えば銀桂が端を発したものであり、和平条約を結び国境線を引くだけでは何のつぐないにもなりません。むしろ、利点ばかりになってしまう。ですので、せめてもの賠償として荒原一帯を金桂領土にしていただきたく思います」

「いや、白琳殿が戦を引き起こしたわけではないのだから気にかける必要は……」

「いえ。それではわたしたちの面目が立ちません。先祖に代わってきちんとけじめを付けなければ」


 暫く押し問答が続いた結果、最終的には理玄が白琳の一点張りに根負けして彼女の希望を受け入れることとなった。

 そして、両国の国交や桂華国再興に関してはひとまず保留という形に落ち着いた。民の混乱とそれによる賛成と反対の派閥化を防ぐためだ。


 現状では恐らく反対派が大多数であり、反乱や暴動が勃発する可能性が高い。何より、ただでさえ和平交渉の成立と戦の無い新たな時代の到来に民はすぐ適応出来ないだろう。

 説得力のある理玄の言葉に異論は無く、白琳は保留に賛同した。


 今は、和平後の自国統治に専念する。

 それが二日に渡る会談の総意となった。





 昼になると、白琳は理玄と翡翠の二人と共に王都である明星の街を散策することになった。二日連続で会談という緊迫した状態が続いたので、せめてもの気分転換にと理玄が誘ってくれたのだ。


 気を遣わせて申し訳ない気持ちになったが、一度金桂の街をじっくり見てみたいと密かに思っていたので有難く理玄の誘いに乗じることにした。翡翠だけは、なぜか不服そうな表情を浮かべていたが。


 白琳と理玄は王族特有の髪色を隠すため、いつもより簡素な平服の上に頭巾付きの外衣を纏う。


「翡翠殿の場合、着ても着なくてもどちらでもいいのだが、一人だけ外衣が無いのは逆に目立つか……」

「でも、三人とも外衣で顔を覆う方が周囲から怪しまれるのでは?」


 白琳の問いに、理玄は「いや」とかぶりを振る。


「時折他国からの商人や賓客が、注目を避けるために同じような衣服を着用していることがある」

「他国からの商人……。そう言えば、金桂では外交も盛んだとか」


 今度は翡翠が口を開き、理玄は頷いた。


「ああ。特に、大陸の一国であるロサ国とは懇意にしている。使節団が来訪するのも珍しくはないから、貴人は己の容姿をおいそれと他者に見せないためにこういった外衣を身に着けるんだ。まあ、仮にそうでなくとも王都はいつも人でごった返しているから、頭巾を被っていてもあまり奇異の目で見られることはない」

「そうなんですね」


 興味深そうに相槌を打つ白琳の様子に、理玄は頬を緩める。


「では、私もお二人と同じものを着用することにします」

「それがいい」


 理玄に手渡された外衣を纏い、準備ができたところで三人は秋光殿を出て禁門に向かう。

 本当は美曜と掩玉も連れて行きたかったのだが、


『あまり大勢で出向いてしまうとかえって目立ってしまいますし、陛下方の余暇をお邪魔するわけにも参りません』

『というより、殿下もご一緒ともなると個人的に心が落ち着きません……!』


 と、あっさり断られてしまった。

 梟俊たち三公陣も各々部屋で仕事をするか将軍同士の一戦に興じるようで、結局三人だけで赴くことになった。せめて何かお土産を買って帰ろうと、白琳は少し残念な気持ちを抱きつつも侍女たちに見送られて理玄の背を追った。


 宮廷を出て少し歩けば、早速繁華街に辿り着いた。色とりどりの装飾が施された家屋が軒を連ね、賑やかな喧噪に満ち溢れたその空間は、宮廷育ちの白琳にとって新鮮なものだった。


「凄い……!」


 目を輝かせる白琳に、理玄と翡翠の顔は自然と綻ぶ。


「人が多いから、はぐれないようにしよう」


 理玄の言う通り、確かに人通りが活発で三人並んで歩くことさえままならない状態だ。先頭を行く理玄の外衣をおずおずと掴んで、白琳は必死に彼についていく。 

 しかし、人とすれ違うたびに体のどこかがぶつかり、外衣を掴む手を離してしまう。


「あっ……」


 人波に呑まれてしまいそうになった時、理玄が白琳の手を握った。不意の出来事に白琳の心臓は一際強く己の胸を打つ。


「り、理玄様……!」

「最初からこうすれば良かったな」


 何気ない面持ちで自身の手を引いていく理玄だが、白琳は気恥ずかしさと嬉しさが綯交ないまぜになって高まる己の熱を抑えるのに必死だった。


 ――『理玄様』……。


 いつの間にか白琳が理玄のことをそのまま名前で呼んでいることに、翡翠は驚きつつも醜い感情にとらわれる。そして、内から湧き出る嫉妬の念から意識を逸らそうと街の景観に目を注いだ。

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