第47話 積年の想い

 休息場にはいくつかの机と榻が設置されており、白琳たちのように店で購入した食品を外で食べることが可能な空間になっている。勿論、食事だけでなく誰かと談笑したり、旅の途中で一休みしたりと多目的に使用されているようだ。


「理玄様は街の様子に相当詳しくていらっしゃるから、普段お忍びでこちらに出向かれているようね」

「どうやらそのようですね」

「金桂の点心はどんな見た目や味をしているのかしら。とても楽しみね、翡翠」

「はい」


 白琳が胸を高鳴らせる一方で、翡翠は今こそ好機だと逸る心を落ち着かせていた。


 ――やっと白琳様と二人きりになれた。


 次二人きりになった時は、今度こそ己の想いを告げる。そう決めていた。

 翡翠は腹をくくり、懸想する幼馴染の名を呼ぶ。


「白琳様」

「何?」

「……昨日、殿下との試合の後に仰いましたよね。白琳様が会議の間を退出して回廊で私と話されていた時、殿下がいらっしゃる直前に私が何と言おうとしていたのかと」

「! ええ」


 どうやら白琳は察してくれたようだ。これから回廊でのやり取りの続きが始まるのだと。


「あの時、私が言おうとしていた言葉はこうです」


 翡翠は息を整え、意を決してその言葉を紡ぐ。


「私は貴女様のご意志に従います。それに、私は――」




 白琳様を一人の女性として好いているのです。




 つぶらな瑠璃の双眸が大きく見開かれる。


 誰よりも人と国を想い、幼少の頃から傍で咲いている解語の花。

 誰だってその花に触れ、終いには摘み取ってしまいたくなる。


 ――もしかすると、あの御方も……。


 一抹の可能性が形作る未来を想像し、翡翠は拳を強く握りしめて続ける。


「幼い頃から貴女を慕い想っているからこそ、私はどんなことがあろうと貴女に付き従う。そう決めていたのです。……これが、あの時私が口にしようとしていた全容です」


 ひたむきな熱を帯びた翠緑の瞳が己を掴んで離さない。

 白琳は一瞬硬直した後、我に返って頬を赤らめる。


「ま、まさか翡翠が……わたしのことをそんな風に思っていたなんて……」

「御心を乱してしまい申し訳ありません」

「……いいえ」


 一旦落ち着かなければ、と白琳は深呼吸して改めて翡翠と視線を通わせる。


「その……東屋で話していた時、喜怒哀楽を共にしたいって言ってくれたのは、やっぱりそういう意味で?」

「いえ、それは違います! 本当に、あの時は特別な意味など無かったんです。白琳様に対する好意以前に、私は一人の幼馴染として貴女と気持ちを共有したいと思っていただけで」

「そうだったの……」

「……正直、この想いは一生心に留めておくつもりでした」


 翡翠は自身の胸に手を添え、過去の一時を懐かしむように言う。


「ですが、白璙様が私の想いに気づいておられて……。白琳様が即位宣誓される直前に仰ったのです。白琳様が私のことをどう思っておられるかは別として、早めに自身の気持ちを伝えた方が良いと」




『王族との繋がりを求める有象無象がそこかしこにいるから』




 かつて、白璙が放った一言を彼女に告げる。


「お兄様が、そんなことを……」


 白璙の国葬が執り行われて以降、白琳は公務に没頭して周囲の声をほとんど遮断していた。そのため、気が付くことも無かったのだ。白琳が苛んでいる一方で、一部の官吏たちが秘かに彼女の相手を巡って熾烈な口論を繰り広げていたことを。




『うちの息子が陛下の御相手に相応しい』

『いいや、うちの息子の方が最適だ。何せ陛下と並んで遜色ないほどの美形だからな』

『何を言っている。陛下と吊り合うのは翡翠殿しかいないだろう』




 今は金桂との和平交渉で話題が持ち切りだが、時間が経てばまた白琳の婚姻やその後継の座を巡る論争が再燃するはずだ。

 候補の一人として翡翠を推挙する官吏たちも一定数いるようだが、彼自身は政略的な都合で白琳と結ばれたいなど微塵も思っていない。最終的には白琳の気持ちを尊重したうえで、双方が納得のいく形になれればと願っている。


「帰国して金桂との政情事案が一段落すれば、今度は必ず白琳様の後継問題について議論されるはずです。それに伴って、奸計を企み、白琳様を意のままに操ろうとしてくる下劣な輩も出てくることでしょう」

「翡翠……」

「そう思うと、私は想いを告げずにはいられなくなりました」


 この手で、掌中の珠を守り抜くのだと。


「白琳様」


 誰にもこの少女は渡さない。


「護衛ではなく、一人の男として――私と共に生きる未来をどうか考えていただけないでしょうか」

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