25.ベット

 ◆


 ──ダメかな


 君はなんとなくそんなことを思った。ここ最近、荒事とは無縁でいるが、荒事が嫌いなだけであって、苦手というわけではない。


 むしろ殺る時は殺る男でもある(惑星C66、昔の女③参照)。


 そんな君の経験からしてアサミの一撃は「なんだかちょっと浅い」と感じた。


「アサミを攫って逃げるぜ、レミー! 援護頼むわ!」


 君は言うなり駆け出し、アサミを抱えて部屋の出口へと向かう。


 しかし複数の警備ロボットがそれに反応し、君へとブラスターの銃口を向け──


 レミーの腕から伸びた蔦がそれらを絡め取った。


 ブチ、ブチ、ブチリと音がして蔦が次々に千切られてしまうが、それによって稼げた時間の価値は非常に大きい。


 レミーは腕を自切し、床を強く踏み込む。


 そして凄まじい加速を見せてアサミを抱えた君を担ぎ上げ、部屋の外へと飛び出していった。


 ・

 ・

 ・


 部屋の中に残されたレミーの腕は、まるで抑えられていたものが解き放たれたかのように蔦が活性化し、手当たり次第に警備ロボットを拘束していく。


 切断されれば切断面から新しい蔦が生えてキリがない。


 業を煮やしたか、赤い防衛ロボット──RB-07は両手を掲げて味方であるはずの警備ロボットごと蔦を破砕していった。


 レミーの蔦も無限の再生力があるわけではなく、圧倒的な破壊を受けることで活動停止する。


 しかしその頃にはもう君たちは警備ロボットたちからかなりの距離を取ることに成功していた。


 そして君たちを抱えたまま階段から飛び降り──


「お、おいいいいい!」


「ちょっとケージ! 耳元で叫ばないで!」


 お荷物と化した二人の叫びは無視して、脚部の蔦をスプリング状に変形させて衝撃を吸収しつつ着地した。


 それでもレミーの勢いは衰えることなく、エントランス部を猛進する。


「レミー! 上!」


 アサミが叫ぶ。


 レミーが顔を上げると、進行方向の天井部にヒビが入っていた。


 ヒビはみるみるうちに大きくなり、そこから赤い塊──RB-07が落下してくるではないか。


 RB-07は既に掌をこちらへ向けている。


 しかしレミーの片腕は失われており、空いている方の腕は君とアサミを抱えているため防御には使えない。


 その絶体絶命のタイミングに、君の頭の中で誰かが「菫。縺倥※縲?」帙? 蜃コ縺励※」と囁いた。


 言語ソフトがインストールされていない頃のミラの機械言語とも微妙に違う、奇妙な響き。


 しかし君にはその声が何を言っているのか、不思議と理解ができた。


「レミー! アサミをしっかり抱えていてくれよ!」


 君は叫び、強引にレミーの腕から抜け出して、レミーの体を飛び出し台の代わりにして踏み込み、加速を得る。


 宙空を切り裂くように頭から突っ込む君には何の策もない。


 しかし君は声に従うことにベットした。


 果たして賭けの結果は、RB-07は掌の照準を君に向け──


 放たれた不可視の光子が君の体から突如放出された真っ黒い霧のような何かに吸い込まれる。


 そして黒霧の膜にバシリ、バシリと白い閃光が迸り、その部分だけぽっかり穴が空いたようになった。


 しかし残された黒霧がRB-07に纏わり付き、触れた部分を文字通り食い荒らしていく。


 君はにやりと笑う。


 野良犬の笑み。


 弱みにつけ込むことに何よりの喜びを感じる、下層居住区民特有の卑しい笑みだ。


 君はある種の黴は生物はおろか、金属すらも食うことを身をもって知っている。


「ビビったかよ!? 俺もだボケ!」


 君はそんなことを叫びつつ、飛び出した勢いのままRB-07の胸部に強烈な頭突きをぶちかます。


 そして倒れ込んだRB-07に対してマウントポジションを取り──RB-07の顔面を掴んで少し浮かせ、空いた手で文字通りの鉄拳を叩き込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る