26.脱出

 ◆


「やるわね!」


 アサミが息を弾ませながら君に声をかけた。


「おうよ、でもモタモタしてられねえな。ほら……」


 君が破れた天井を顎でしゃくるように示す。たったそれだけの動作だが、君の言いたいことがアサミにはよくわかった。


「そうね、急いでここを出ましょう。レミー、本当に助かった、ありがとう」


 アサミが言うと、レミーは体に巻きつけている蔦の一本を軽く振る。


 ──なんだかしなっとしてるな。腕が一本ないのが原因か? 


 そう思った君は聞いてみようかと思ったが、さすがにそんな余裕はない。


 こうしてる間にも、後続が上から降りてくるかもしれないのだ。


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 君たちが走り出し、ビルのエントランスから出たところで、背後で重いものが落ちたような音が複数した。


「急ぐわよ! 乗って!」


 アサミは黄色く塗装された調査車両に乗り込み、君とレミーも続けて乗り込む。


 そして光条が一閃。車のサイドミラーを破壊し「ああ、クソ!」とアサミが罵声を吐きながら乱暴に車を出した。


 光条は二閃、三閃と背後から飛んでくるが、アサミは巧みに運転してそれらをかわす。


 アサミは生きた心地がしなかった。ブラスターからの直撃を受ければ、調査車両などひとたまりもない。


 だがその反面──


「なあレミー、ずいぶん具合悪そうじゃないか? 大丈夫なのか? 水飲む? 植物っぽいし、水飲んだらにょきっと生えてきたりして。え、なに? ハンドジェスチャー? 手話かな? というか痛くないの?」


 君はベラベラとレミーに話しかけている。


 レミーは君を邪険にはしなかったが、まるで「疲れてるから休ませてくれない?」と言いたげに蔦をひょろひょろとさせていた。


「ちょっとケージ、休ませてあげて! 腕なくなっちゃってるんだから! あとベルトラン星人の両手足は植物で作られてるから、痛覚はないわよ。だから大丈夫だと思う。蔦も時間が経てば再生するはずだけど、それにはエネルギーをかなり使うから休まないとならないの」


「あーなるほどね」


 君はレミーに「ごめんね」と謝り、今度は腕に抱えるミラのボディをキュッキュと磨きだした。


 とにかく落ち着きがない──というか、余裕がありすぎる。


 ──やっぱりケージは変わってるわね。切り替えが早すぎる……


 アサミはうっすらと相手の表層意識を読むことができる超能力──PSI能力を持っているが、君は完全にリラックスしていた。


 アサミは君の余裕の態度に何かしらの根拠があると考えている。


 ただ実際はもっとふわっとした理由だった。


 ──なんかもう大丈夫そうだな


 君はそんなことを考えている。


 この考えの根拠は言ってしまえばただの勘だ。


 君はそこまで深く考えを巡らせるタチではない。


 君も君で随分適当だなとは思うが、それでもこれまで生きてこれているのだからまあいいやという思いも相まって、自分の雑さを誤魔化している。


 ◆


「うお!」


 そんな君が焦ったような声を出した。


 アサミも何があったのかとバックミラーで確認したが「ああ」と納得する。


 レミーの体を覆っていた蔦の四肢の部分が枯れ、剥がれ、散っていっているのだ。


 そしてその部分をカバーするように、他の部分から蔦がウゾウゾと移動し、畢竟、レミーの顔が露出することになった。


「大丈夫なのかこれ。随分美人さんだけど」


 君が言うと、アサミは「ええ、というかあんまり見ないであげて。本人は結構奥手みたいだから」と答える。


「二人は知り合いなのか?」


「うーん、まあそうね。何度かマッチングを使って一緒に仕事してるわよ。等級も同じだし、あとは少しでもまともな人をって思うと案外被ったりするのよ」


「俺はあんまりまともじゃないと思うんだけどなあ」


 君には叩けば出る埃がたくさんある。


「何かやらかしたことあるの? まあでも大した事じゃないでしょ、窃盗? 詐欺? せいぜい小悪党って感じだし、それくらいならどうってことないわね。ノーカンよ」


「ふうん、まあそれならいいや。あ、船が見えてきたな。というか、気になるんだけど今回の仕事って失敗……になるのか?」


 ビルの清掃どころか、間接的にとはいえビルを破壊してしまっており、それ自体はどうでもいいと思う君だが、心配なのは開拓事業団の対応であった。


「仕方ないわよ。まあ事情も事情だし、こういうケースなら上もわかってくれるわ。経験あるから分かるのよ」


「案外話聞いてくれるんだな、俺はてっきり『役立たずは処分だ!』くらいのことを言われるかと思ったぜ」


 君がそう思うのは無理はない。


 惑星開拓事業団はそういったヤクザな面も持ち合わせている。


 ある種の面子のために惑星一つをナノマシンに食いつくさせたりする程度にはヤクザだ。


「まあね、そういう部分もないではないけど。だから一旦仕事を引き受けたら、よほど正当な理由がない限り破棄しない方がいいわ。今回は十分正当な理由に当たるはずよ。よし、じゃあ一旦降りてくれる? 車を船に積んでくるから」


「レミーはどうするんだ?」


「そうねえ……こうなるとしばらく起きないから……」


 アサミが君のことをちらっと見る。


「OK、丁重に扱わせてもらうよ。ミラ! 悪いけどふわっとしてくれ、あれだよ、ふわっと。わかるだろ?」


 君が言うとミラは『OK、ふわっとします』と久々に発言し、君の横をプカプカと浮いた。


 そして四肢のないダルマレミーを君は慎重にお姫様抱っこし、ゆっくりと船内に運び──後部座席に据えてベルトでしっかり固定した。


 ・

 ・

 ・


「ありがと、じゃあさっさと脱出しましょう。誰も欠けなくてよかったわ」


「稼ぎは0だけどな」


「命あっての物種よ、それに私の方は収支はプラスね。ケージと知り合えたから」


「そうかい」


 君は答え、船が大気圏を脱出した頃に「俺もあんたらと知り合えてよかったよ」と答えた。



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レミーの素顔は近況ノートにあげときます

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